子育ては期間限定というお話


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21年間、4人の子育てをしてきて感じるのは、子どもとがっつり関われる時期は10歳ぐらいまでしかない、ということです。

先日、『はっぴ~らいふケア』のながおきみのり先生のパパ向け講座で、みのり先生のパパヨガと、パパ向けのお話し会として私達夫婦でお話しさせていただきましたが、前半は『ママを笑顔にするパパの関わり方』、後半は『子育ては期間限定』というテーマでお話ししました。今回は講座の中でお話しした、後半の『子育ては期間限定』というお話しで、話しきれなかった部分をお伝えしたいと思います。

ギャングエイジになると、親より友達

小さいうちは、家族でお出かけしたり、家族単位で行動しますよね。でも、これが、10歳近くなると、友達を優先するようになってきます。

9~10歳ごろのそんな時期をギャングエイジ=「仲間時代」「大人からの旅立ち時代」と言うそうです。
小学校の中・高学年ぐらいから見られ、子ども同士でグループを作り、
親や教師などの大人よりも友人関係を大切にしはじめます。 「今まで学校の話をしてくれたのに家に帰ってきても全然話してくれない」「注意をすると反抗的な態度になったり、口答えをする」など、ギャングエイジと呼ばれる反抗期の子供には、次のような特徴があります。

  • 親や大人が見ていないところで、子供たちだけで活動する
  • 仲間同士だけの合図・約束・秘密の場所等を共有する
  • 学校の決まりや親との約束を破る
  • 親や先生の言うことを聞かない・言い訳や口答えをする
  • 大人びた仕草や、悪い言葉使いをする
  • 隠れていたずら・悪さをする

子ども達のそういう変化を見て、言うことを聞かなくなったと困ったり、戸惑うこともあると思います。でも子どもは、この時代を通して、社会のルールを身につけていきます。統率、反抗、離反、規律、友情、差別などなど。いわゆる大人社会に入るための基礎を、この時代に、友達関係の中で身につけると言われています。実は、成長過程でとても大事な時期なのです。

ただ、最近、習い事や部活などで、友達同士で遊ぶ時間がなかったり、ゲームやスマホで友達と関わらなくなった子ども達も増えてきているので、ギャングエイジでの人間関係を経験しないまま思春期に突入する子も増えているそうです。

すると、思春期になって、相手の感情をくんで自分の感情をコントロールすることができなかったり、 ストレスに耐えて葛藤を克服することが難しくなってしまいがちになります。

そんな、子供の成長に欠かせないギャングエイジをちゃんと経験させてあげるためには、9~10歳ごろ、「友達と遊びたいから、(おうちの人と)一緒に行かない」と言うようになるのを歓迎しなくてはなりません。

そうやって、どんどん親から手が離れていく子供たちを、いつまでも心配して、親のコントロール下に置いてしまわないように、気をつけたいものです。

親としては、週末、せっかく子どもとお出かけしたいと思っているのに、「行かない」と言われると、寂しいものですが、それも正常な成長過程と思って、「行かない」と言ったら、「お、きたな!」と、喜んで迎えてほしいのです。

必ずそうやって子供は親離れするときがやってきます。

そしてその時期、安心して親離れができるように、心の安心できる基地を作ってあげておく必要があります。心の安全地帯は、それまでに親子でたっぷり触れ合い、向き合い、遊んだ記憶で作られます。

子どもとがっつり関われるのは10歳まで

そういうわけで、子どもとがっつり遊べるのは10歳までと考えておいた方がいい。

そして、もう一つの要因は部活や習い事です。4年生ごろになると、部活を始める子が多くなります。それも実は、ギャングエイジの影響もあるのですが、友達がやってるからやりたい、仲のいい子たちが次々部活を始めると、自分も・・・となるものです。そして、一旦部活を始めると、もう、それ以降の土日は、ほとんど部活で終わってしまいます。特に運動部はハードです。ミニバスや野球、サッカーなどは、毎週のように試合。夏休みもほとんど毎日練習。お盆や正月にさえ試合が入ってくることも。

そうなってくると、試合の送り迎え、時には遠征もあったり。もう、家族で楽しむ休日は激減します。

そういう意味で、特にパパは、10歳までにしっかり関わっておかないと、親子の信頼関係は築けないまま、そのまま思春期に突入してしまいます。ママは、やっぱり普段日常的に関わる時間が長いので、そこまででもありませんが、パパは、家族と関わる時間を意識的にとっていかないと、子どもと関わる時期を逸してしまいます。

そのまま思春期になって、さて、ここは父親の出番!とあれこれ子どもに言ったところで、子どもは「何をいまさら」と、全く言うことを聞いてくれなくなります。

小さい頃に触れあった記憶はいつまでも残る

小さい頃に、触れ合った記憶と言うのは、結構年を取ってからも残っているものです。

私自身の話をしますと、私の父はなかなか頑固者でして、思春期の頃は、実は父のことが大っ嫌いでした。でも、結婚して、子どもを持ち、ふとした瞬間に、父に肩車された記憶を思い出したのです。桜祭りの人ごみの中、ひょいと肩車され、今まで人の足しか見えなかった視界が、急に高くなり、人ごみの中、たくさんの頭が見える風景がありありと思い出され、「わたあめ食べたいな♪アイスクリーム食べたいな♪ホットドック食べたいな♪」と、上機嫌で歌っていた自分を思い出しました。

その時初めて、子どもに無関心なように見え、大嫌いだった父だったけど、ちゃんと自分の事、かわいがってくれてたんだと気づきました。ただ単に愛情表現が不器用だったんじゃないかと思えるようになりました。そしたら、私の父に対する感情は180度変わりました。

恐らくあれは、保育園時代だったんじゃないかと思います。幼い頃のそんなふれあいの記憶は、嫌な思いまでも書き換えてくれる力がありました。

0歳から3歳までは、一番子育てが大変な時期で、その時のパパの関わり方次第で、ママのその後の旦那さんへの愛情曲線が低迷したままになるか、復活するかが決まります。0~3歳までは夫婦関係にとっても大事な時期ですが、子どもの脳の発達にとっても大事な時期です。 3歳までに脳の神経細胞の80%は出来上がるといいますから。
でも、0~3歳までの触れ合った記憶というものは子どもの記憶にはなかなか残りません。ただ、その間、パパも積極的に関わっていくことで、パパにもオキシトシンが出て、子どもがかわいく思えてくるのです。

このオキシトシン、人と人とがふれあうことで分泌され、信頼と親密の絆を生み出すホルモンです。脳内のオキシトシン物質が増えると、他人に対する信頼感、誠実さ、寛大さが高まります。 オキシトシンは、出産の際に大量に分泌され、おっぱいを作り出す作用もあり、『愛情ホルモン』と呼ばれています。ママは自然に分泌されるけど、パパは積極的に赤ちゃんと触れ合うことで分泌されます。

この時期、パパも子どもと触れ合うことで愛情ホルモンがたくさん分泌されれば、3歳以降も子どもと関わることが自然とできるようになります。

そうやって、3歳以降小学校低学年ぐらいまでの触れ合った記憶は、割と鮮明に子どもの記憶に残ります。幸せな記憶として、ちゃんと刻まれていくのです。

プレーパーク・イベント情報

★2/23(土)駒っこランドプレーパーク・

交流館 10:00~15:00

※冬季、土曜は食堂は営業しておりません。そり遊びしたり、お馬さん見たり、プレーパークで遊んだりと、お昼を挟んで遊びたい方は、お弁当持参でどうぞ♪

★2/24(日)五戸町公民館にて講演会(講師:新藤潤一)と段ボール遊び

【ママと子どもを笑顔にするパパの関わり】

10:30~11:30・・・講演
12:30~14:00・・・段ボール遊びなど

★3/16(土)駒っこランドプレーパーク・

交流館  10:00~15:00

★3/31(日)室内プレーパーク&オリジナルキーホルダーづくり(予定)

場所:三沢シェアオフィスBLUE by 材株式会社

〒033-0041 青森県三沢市大町2-4-7 2F 

※詳細が決まり次第お知らせします。

こちらのイベントは、普段、ギターづくりをしている長男とのコラボイベントになります。電動のこぎりやレーザープリンターなど、普段使うことのない電動工具を使ったキーホルダーづくりを予定しています。

プレーパークは終日無料、出入り自由。

キーホルダーづくりは午前午後、人数限定で有料でワークショップ開催します。

ちなみにこちらは、長男による手作りギター。

普段は仙台を中心にバンド活動をしています。

息子のHPです↓。

h・s・LABORATORY

★5/5(日)~6(月)春の森冒険キャンプ(予定)

こちらも、詳細が決まり次第お知らせします。

はぴちるLINE@では、はぴちるプレパ情報など、随時配信いたします。

友だち追加

11月に出版した私たちの本もよろしくお願いいたします。Amazonでも購入もできますが、 ほんとは、できれば、地元の本屋さんに注文して買っていただきたいと思っています。地元の本屋さんも大事にしたいと思っています。「悪ガキたちの秘密基地」、どうぞ手にとって読んでみてくださいね。

でも、もし、アマゾンで購入した方がいましたら、レビューを書いていただけるととてもうれしいです。よろしくお願いいたします。

活動費のお振込みも随時受け付けております。

【ゆうちょ銀行】

記号18420 番号07138981 シンドウサチコ

子供を褒めること、叱ることの難しさ

今、子どもを褒めて育てましょう、ということが一般的に言われるようになってきています。確かに、褒められるのはうれしい。叱られると、否定されたような嫌な気持ちになる。褒められることで自己肯定感が上がり、子どものやる気がアップする効果はあります。ただ、一方で、そうやって、できるだけ叱らず、褒める育て方で育ってきた子供たちが社会に出はじめたとき、打たれ弱いという話も聞かれます。

褒めて育てるのは、確かにいいと思うのですが、叱らない方がいい、と言うことではないように思います。日々、子育てする中で、褒めることと叱ることの難しさを感じています。

褒める子育てで育ってきた10代20代を見ていくと、自己肯定感が低いとか、日本の若者の幸福度ランキングは54位と、とても低い。彼らが育ってきた環境は、どんな環境だったのかを振り返りながら考えてみたいと思います。

2000年前後に、いったい何が起こったか?

「ひきこもり」や「ニート」という言葉が出始めたのは2000年ごろからと言われています。不登校も2000年前後から増加しています。

1990年から2013年にかけて自殺者数は,1309人から1709人に増えています。自殺率にすると、7.0から14.3に上昇しています。

では、その2000年前後にいったい何があったのでしょうか?

まず言われているのは平成不況。バブル崩壊からIT不況まで、1990年代から2000年までの長引く不況と貧困問題。不況と重なって、共働き世帯が増え始めたのが2000年代。

2000年にPlayStation2の発売、1990年代後半携帯電話の普及。

また、モンスターペアレントと言われる保護者が目立ってきたのが1990年代後半。

そして、褒めて育てるのがいいと言われ始めたのが 1990年代と言われています。

ゆとり教育は1990年代から2000年ごろまで。

実は、その頃から、子どもたちの自己肯定感が著しく低下しています。

2011年に行われた『高校生の生活意識と留学に関する調査 』の中で、『自分はダメな人間だ』について、『よくあてはまる』と答えた高校生の比率は、

1980年に12・9%であったのが、

2002年に30・4%と2・5倍に跳ね上がり、

2011年には36・0%と1980年のほぼ3倍にまで増加しています。

どうも、原因は一つではなく、複合的にいろんな問題が絡んでいるように思われます。2000年前後で、日本の環境が激変する中で育ってきた今の10代、20代の子ども達に影響が出ているようです。

社会に出てもちょっと自分と合わないと感じるとすぐに仕事を辞めてしまう若者。

ちょっと注意されただけで会社に行けなくなってしまうメンタルの弱さを抱えた人も。

ゲーム、携帯電話の普及、急速なIT化という時代の流れに伴い、外遊びの減少、友達同士で遊ぶ時間の減少、共働き世帯の増加、物があふれ、何でも欲しいものは買ってもらえる時代。一方で、ちょっと注意されただけで落ち込んだり傷ついたりする打たれ弱い子供、20代から30代に増加している新型うつ病。
家庭の中で、褒めて育てるが一般的に言われ、学校でも、体罰に対する厳しい批判もあり、モンスターペアレントなど、クレームに対する防御からか、厳しい指導がしにくくなっている状態。小さな子が公共の場で騒いでも叱れない保護者に対する苦言も聞かれています。

共働きで忙しく、子どもと関わる時間が少なくなってしまった分、後ろめたさもあり、子どもの欲しいというものを買い与えてしまう気持ちもわからなくはありません。でも、何でも簡単に手に入り、ネットの世界ではちょいちょいと調べれば、何でもすぐ答えが手に入る。がまんしなくていい。嫌なことはやらなくてもいい、ということを学んできた子供たちも多いのではないでしょうか。子どもが傷つかないように、子どもが喜ぶことだけやって、子どもををお客様にしてしまった結果、自己肯定感が上がったとは言えない現状があるように思われます。

褒める事

そうは言っても、褒めることは、決して悪いことではありません。褒め方によっては自己肯定感も上がり、やる気もアップします。褒められると、もっとスゴイことやろう、もっと役に立つことをしようと、進んで何でもお手伝いしてくれるようになります。

子どものいいところを、『いいとこ眼鏡』で探してあげて、あんなとこがいいね、こんなとこがいいねって、誉めてあげる事で、自分の良さを発見して、自信につながります。

ただ、何でもかんでも褒めすぎることには弊害があります。

褒められることが目的になってしまい、失敗を恐れて新しいことにチャレンジしない。他人の評価ばかり気にするようになる。自分の優位性ばかりひけらかし、他者を見下す。何かあっても人のせいにする。そんな子供も多くいます。人に認められたいという他人軸で行動を選択するので、自分事としてとらえられないので、失敗しても人のせいで、失敗から学ばず、成長が見られない。

社会に出てからも、「うちの上司は褒めてくれないからモチベーションが上がらない、命令してくるからムカつく」という若者や、「褒められないとめげちゃう世代なんですよね」と言う若者もいると言います。

何でも褒めればいいということでもなさそうですね。

褒めるポイントとしては、2つあります。

①結果ではなく過程を褒める。

②どう努力したかを具体的に褒める

「すごいね」というようなあいまいな褒め方ではなく、具体的に、どんなところがよかったかを伝えてあげるといいようです。

ただ、3歳までは、子どもの土台となる時期なので、愛されてる実感、必要とされてる実感、大事にされてる実感を持てるように、できたことを素直に褒めてあげるといいのです。

「〇〇してくれて助かるな~」「〇〇してくれてうれしい」というような、貢献感を育てるような褒め方も、子どもは大好きなお母さんの役に立てて嬉しいと思うものです。

そして、3歳以降は、褒め方を意識しながらも、社会規範を身に着けていくという意味で、ダメなものはダメという毅然とした態度も必要になってきます。

褒め方で差が出る例として、次のようなものがあります。

子どもがテストで良い点をとったら、次のどちらの褒め方選びますか?

1)あなたは賢いねー!頭いいね!

2)よく頑張ったねー!努力したね!

1の能力をほめられた子どもは、その後、自分が解けない問題に出会うと、「自分は、能力がないんだ・・・」と、そのまま成績が落ちてしまうのに対して、2の努力をほめられた子どもは、「頑張りが足りなかったんだ!」と、努力して成績がどんどん上がる、という結果になりました。

1の褒め方では、その後も、できる問題ばかり解こうという傾向が強くなり、新たな難しい問題にチャレンジしようとする子の割合は低くなったそうです。失敗してできないということは、自分が否定されることにつながるからです。

結果ではなく、過程を褒めなさい、というのは、そういうことだったのです。

失敗から学び、成長できるように、失敗を恐れずに新しいことにチャレンジしていけるように、いい点数をとったらご褒美をあげるというようなことではなく、努力したからできるようになったんだという喜びを、ちゃんと経験をさせてあげたいものです。

叱ること

叱らない子育てがいいという子育て法もありますが、ただ叱らない、と言うことではないようです。感情に任せて怒るのではなく、ガミガミああしなさい、こうしなさいと怒るのではない、ということです。

危険な事、命にかかわることは、なんとしてでも止めなければなりません。そんな時は、やはりきちんと叱る必要があります。

人を傷つけるようなことを言った時も同様です。言葉による傷は、言葉を発した方が思っているよりダメージが大きい場合があります。

幼児期からは、正しい行動を教えていく必要があります。あまりに厳しいしつけは問題ですが、ダメなものはダメと毅然とした態度も必要です。

公共のルール、社会のルール、家庭のルール。それぞれ、大人になって社会生活を送っていくうえで、最低限必要なルールはあります。

授業中居眠りして先生に怒られても知らんぷりで、むしろ逆に先生に不満を言ってくる学生がいるかと思えば、バイト先でごみ箱から拾った魚をお寿司の上にのせてネットにアップする若者、コンビニの冷凍庫に入りこんだ動画を面白おかしくアップする中学生、善悪の判断がつかない若者もネットを騒がせています。

これも、叱られてこなかった、褒めて育てられ、わがまま放題に育ってしまったからでしょうか?善悪の判断がつかないのでしょうか?

褒めて育てて、叱られないで育ってきて、自己肯定感が上がるかと思いきや、逆に自己肯定感は下がっている今。

褒めるばかりではだめで、きちんと毅然とした態度で叱ることも必要ではないのでしょうか。

叱るときのポイントとしては3つあります。

1他人と比べない

2起こった出来事を叱る

3なぜ叱られたのかを短く伝える

子どもは、成人するまでに、物事の善悪をちゃんと判断できるようになり、失敗を恐れずに新しいことにチャレンジできるようになっていてほしいですね。

そのために、褒めることと、叱ることのバランスが大事です。

日本の子育ての中では、叱るというより、諭してきました。「こういうことをしたらお母さんは悲しい」とか、「こういうことをしたら相手は嫌な気持ちになるでしょ?」とか、「こんな事したらみんな困るでしょ」とか、「ねこさんのしっぽ引っ張ったら、痛い痛いするでしょ」相手の気持ちを思いやるような言葉がけで、子どもの感情に働きかけて諭してきたのではないでしょうか。

その背景には、あなたはもうこんなことしないよね?あなたを信じているよ、という気持ちがあります。お天道様が見てるから、お天道様に顔向けできないことはしちゃいけないよ、そんなことしたら人様に笑われるよ、こんな諭し方をしてきた日本だからこそ、災害の時でも物資を受け取るために列を作ってきちんと並んだり、お互い助け合ったりする日本人としての気質が育ってきたのではないかと思っています。

大事なのは、土台

そうは言うものの、我が家の子育てを振り返ってみると、反省することしきりです。ちょうど2000年代、まさに迷いながら子育てしてきて、その時良かれと思った子育て法で子どもを育ててきたわけです。

必ずしもうまくいったと思えることばかりではありません。

今でも悩みは尽きません。

夏休みの宿題なんかでも、×をつけると激しく怒るので、しかたなく×はつけずに、直した後は、赤丸して提出したり、洗濯物をたたむお手伝いをしないときも、なんだかんだ言ってやらない子供に怒るのも面倒で、親がやってしまったり。 約束を守らなくても、結局こっちが「まったくもう!」と言いつつ許してしまったり。

毅然とした態度がとれていたかと言うと、甘い親だったのではないかと思っています。褒めて育てる弊害を見たとき、少なからず子どもに思い当たる傾向がある子もいます。

褒めることと、叱ることって、難しいですね。

頭ではわかっていても、つい甘い親になってしまう時もあるし、逆に厳しすぎたり、感情的に叱ってしまうことも。

育った子供たちを見て、素晴らしい子たちに育ってくれたな~と思う時があると同時に、こんな風に育てた覚えはないんだけどな~と思うこともしばしば。

ただ、それでも、あなたのことが大事だよ、あなたを信じてるよ、という土台の部分だけはしっかりと揺らがないように積み上げておいて、その都度いろんな子育て法が出てくる中で、ああしたほうがいいんじゃないか、こうしたほうがいいんじゃないかと迷いながら、親も学びながら、成長していかなければならないのかな~と思っています。

土台がしっかりしないままに、褒めすぎると天狗になって、自己中心的になってしまうかもしれないし、叱りすぎると、自分なんて大事じゃないんだと、ふてくされてしまうだろうし、あなたが大事という土台だけは、子ども達も、いたずらや反抗するといった形で確認してきます。

そんな時の『叱る』は、あなたが大事だからこんなこと言うんだよ、って、うっとうしいぐらいの親でいいんじゃないかと思うのです。