次の世代へ~種を蒔く

長男が小学生だった頃、友人家族とよくキャンプに行きました。きっかけは、次男が通っていた保育園。裸足で泥んこで遊ばせてくれ、「くう、ねる、あそぶ」を大事にしていた保育園。そんな理念に共感して集まったいろんな家庭。子どもたちに対する想いは、みんな一緒で、保護者の企画で、週末キャンプや、登山によく行きました。泥んこで遊び、原っぱを駆け回り、木に登り、森で秘密基地を作り、お花を摘み、山菜をとって調理して食べ、栗を拾い、焚き火して、崖を登り、暗くなるまで遊んで、時には山登りし、木の実を集め、山ブドウを食べ、山頂でおいしいおにぎりを食べる。そんな子供時代を過ごした子ども達。

そして、長男は今年20歳になり、友人家族の娘さんは21歳の素敵なお嬢さんに成長しました。成長した彼ら、彼女たちが、どんな風に育ったのでしょう?

今の、彼らの様子を紹介しつつ、こんな子供時代を次の世代へとつなげていくことを考えてみたいと思います。

 

遊びつくした子供時代を次につなぐ

21歳になったMちゃん。今は東京の大学に通っています。写真は載せませんが、とっても素敵なお嬢さんに成長していました。子供時代、たくさんたくさん森や川で一緒に遊んだMちゃん。そんなMちゃんの最近のFB投稿を見て、とっても嬉しくなりました。許可をもらったので、紹介します。

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夏休み自然体験キャンプにボランティアとして参加してきました。

朝7時起床、25時就寝で、小学校3年から中学2年の28人の参加者の子どもたちと12日間過ごすというなかなかハードな日々でしたが、そのぶん学ぶ事も本当に多かったです。人との新たな出会いもたくさんあり、自分を見つめ直すことができました。

山村留学という言葉も今回初めて知りました。ボランティアの方の中には山村留学の経験者も多くいました。彼らにとって、その思い出は本当にキラキラした宝物なのだと感じました。キャンプに参加した子どもも、リピーターの子がたくさんいました。自然とともに、地域に育まれた文化に触れ、色々な世代の人と交流することがいかに重要なことかがわかったように思います。

私が大好きな絵本に『ルピナスさん』という絵本があります。これは、おじいちゃんと「世の中をもっと美しくする」という約束をした女の子が、おばあさんになった後に、街中にルピナスの花の種を蒔く、というお話です。この物語のお終いは、おばあさんになった彼女が、小さな女の子と同じ約束をするところで終わります。

誰かに教えてもらった大切なことを、また他の誰かに伝えられることって本当に素敵なことだと思います。また、心の故郷があることも。私は宝物がたくさんあるから、その尊さがわかりますし、同じような経験を少しでもいいから子どもたちにしてもらいたいです。

つまり、私が言いたかったのは、こういう素晴らしい活動はもっといろいろな形で、たくさんの子どもたちが体験できるようにした方が良いと強く感じた、ということです。本来は、特別な体験ではなく当たり前に学ぶべきことのはずだから。

私の感覚だけで言うなら、山村留学した子たちのその思い出と、私にとってのひだまり保育園は同じで、新藤家とのキャンプとも同じだと思いました。

中学生になったくらいに、その大切さに気がつきました。私が勝手に解釈していたキーワードは「居場所」です。いじめ、友だち関係と悩みが尽きませんでしたが、周りに私の話を聞いてくれて、そして「あなたは素敵な人よ」と言ってくれる大人が本当にたくさんいたことが、今の私を作っていると思います。学校と家庭以外の「居場所」が、中学生以降には必要なのだろうな、とその頃から思っていました。
大人になったら、その恩返しを次の世代の子どもたちに、私なりに返してあげたい、と中学の頃から思っていました。今回、同じような心の絆のようなものを見つけて、とても感動しました。私にとってのひだまりは、彼らにとってのこの場所なんだな、と。

そして、私が今までいかに素晴らしい体験をしていたかが改めてわかりました。ひだまりっ子やキャンプの仲間と遊んでいると、そこには暗黙のルールというか、やっていいことといけないことのラインがあって遊びやすかったり、それがわからない子たちは「よその子」という感じがしていました。その感覚の理由も今回わかったように思います。

私が今まで感じていたことは正しかったのだという確信が持てました。どんな形かは見つかっていないですが、子どもも大人も寛げる「居場所」を作っていきたいと思います。ずっと考えてはいるんですけれど、答えはまだ見つからず、、、。でも、それがルピナスさんとの約束の私なりの答えかなーなんて(^_^)

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たくさん遊んだ『宝物』の経験が心の中にある彼女の言葉です。

彼女は、『居場所』というキーワードを見つけました。これから、どんな種を蒔いていく人になるのか、楽しみに見守りたいと思います。

「世の中をもっと美しくするために何かをする』というルピナスさんとの約束。

私達には、何ができるのでしょうか?

外の世界から日本を眺める

そして、20歳の長男は、現在、自転車でヨーロッパ一人旅中です。ドイツエコツアーに参加した後、約一か月の自転車一人旅。今回は、ドイツからスイスに移動後、イタリアを周遊中です。

そんな息子が、旅を半分過ごしたところで感じたことを書いていました。

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【ヨーロッパ旅行約半分過ごしましたがここまでで感じた事】

・電車、バス、街中でスマホをいじってる人がすごく少ない。日本だとみんな下向いてスマホいじってる人ばっかり。何の違いなんだろう。

・買い物、買い食いしても出るゴミが少ない。今まで買い物してビニール袋を貰った事が一度もない。スーパーで3〜4品買ってもだいたいそのまま渡される。買い食いの場合は紙袋や紙皿。ビニールやプラスチックは使われない。野菜果物も全部裸のまま売られている。

・自販機が全然ない。無駄な電力が削減できるのはいい事だが、チャリ旅で飲み物が切れた時はちょっと困る…

・公衆トイレが全然ない。あっても有料(1回50セントか1ユーロ)

・新幹線以外の電車はほとんどチャリ、車椅子、ベビーカー、犬をそのまま乗せられる。これはかなり便利。

・路地や信号のない交差点などで道路を渡ろうと待ってると必ず車が止まってくれる。歩行者と自転車が優先されているのを感じる。

・食べ物は基本洋食しかない。アジア料理屋とかも時々あるけど、食べたい時に見つけるのは難しい。その点日本は世界中の料理が食べたい時にすぐ食べられるのですごく食に恵まれてると感じる。

・街中や道端にゴミ箱がたくさんある。だけどタバコのポイ捨てがめちゃくちゃ多い…。どこ歩いてもタバコの吸い殻だらけ。

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ドイツは電車の乗り降りがフラットなため、ベビーカーや車いす、自転車の乗り降りがとてもスムーズなんだそうです。これ、大事なことですよね。日本の電車も、早くこうならないかなあ。

日本にいては気づかない、いろんなこと。

旅で感じているようです。

世界各国いろんな国の料理がどこでも食べられる日本。

コンビニや自販機がいっぱいの便利だけど、無駄の多い日本。

ちょっと買い物するとビニールごみでいっぱいになっちゃう日本。

公衆トイレが無料で、いろんなところにある日本。

恵まれてる日本と、無駄の多い日本。

どちらがいいかといえば、やはり、世界に誇れる日本でありたいものです。

息子も、子供時代、たくさん自然の中で遊んできました。震災後、エコツアーの松本英揮さんの講演を聞いて、自然エネルギーに興味を持ったのがきっかけでした。息子がエコツアーに初めて参加したのは18歳の時。環境都市と言われるドイツ・フライブルグのエネルギー事情を視察したのが始まりで、今年は二回目の参加になります。

18歳の時の長男のエコツアーの様子はこちら。

 

自転車も好きだったので、小学校時代、家族でサイクリングも時々行きました。でも、日本の田舎を自転車で走ってみると、自転車が走るような道路に作られていないところがほとんど。自転車や歩行者に優しくない道路ばかりでした。段差があったり、歩道が右から左に急につけ変わっているところ、そもそも歩道がないところ。歩道の真ん中に電柱があるところ。走ってみないとわからなかったことです。

でも、ドイツに行ってみると、自転車道が整備されていて、自転車のまま電車に乗ることもできるし、車に乗らずに済むという点で、やっぱりエコなわけで、車も、カーシェアリングができるので、自分で車を持たなくてもいい。

自分が見てきた日本と、海外に行って比べて感じた、『日本もこうなったらいいな』という感覚。

長男は、果たして、どんな種を蒔いていく人になるんだろうか?

自分の中の宝物を次の世代へとつないでいく

経験したことすべてが宝物です。

子供時代に遊んだ経験。

泥遊びしたり、みんなで砂を掘ってバケツで水を流して川を作ってみたり、大きなトンネルを掘って貫通した喜び、虫を捕まえて飼ってみたり、お花の蜜の甘さ、雨に打たれてびしょぬれになったり、足に感じる川の流れ、木登りして上から眺めた景色、秘密基地を作ったり、頑張って山に登って見下ろした下界の風景、酸っぱい山ぶどうの味、友達とケンカした思い出、バカ言って笑いあったこと、お泊りで夜遅くまで友達とひそひそと話した夜、枕投げしてキャーキャー騒いだ夜、外に寝転んで流れ星を数えた夜、自転車で風を切って走る爽快感、ゆっくり流れる景色を眺めながら走る自転車の気持ちよかったこと・・・。

それらの宝物から、自分が次の世代へ伝えていきたいと思う種を蒔く。

宝物が多ければ多いほど、蒔くける種の種類は増えていく。

『自然』『環境』というキーワードからは、森に関わることや、エネルギーや、建築、都市づくり、動物や、昆虫や、生き物や、農作物、天文、宇宙・・・いろんな種ができるでしょう。

『仲間』『居場所』というキーワードからは、やはり、そういう場づくりをする様々な種ができるでしょう。子どもの居場所、不登校の子の居場所、母の居場所・・・いろんな居場所、いろんな仲間づくりが考えられます。

病弱で外遊びがあまりできなかった子であれば、『人を助けること』や『誰かの役に立つ』という芽が芽生えるかもしれない。

どんな経験をして、どんなキーワードを自分の中にみつけ、どんな種を蒔いていくのか。

私たち大人は、その、選択肢を広げてあげたいものです。

子どもたちの中にたくさんの種のもとになる宝物の経験をさせてあげましょう。

子どもに罰は必要?

昨日は、娘の部活の大会でした。結果は、2勝2敗。いいところも、悪いところも、もちろんありましたが、本当に一生懸命頑張っている子どもたちを見るのは、いいものです。ところが、どのスポーツにも当てはまることだと思うのですが、勝たせたい余り、罵声をあびせ、怒鳴り散らし、罰としてダッシュで走らせているコーチがいるチームが、とても気になってしまいました。そのチームの子ども達に笑顔はありませんでした。

普段の生活の中でも、罰を使うこと、ありませんか?「〇〇しないとオニが来るよ!」「〇〇しないとおやつなしだよ」なんて脅し文句を、よく使いませんか?

果たして、子ども達に罰は必要なんでしょうか?ちょっと考えてみたいと思います。

 

罰を与えるのは逆効果?!

 

子どもがしてほしくないことをしたとき、失敗したとき、だいたいの大人は怒りますよね。

「何でそんなことしたの?!」

「~しちゃだめじゃない!」

そんな言葉が口をついて出てきます。そして、同じことを繰り返さないように、時として罰を与えます。

小さなお子さんだったら、

「~したら鬼が来るよ!!」

「~したらおやつなしだからね!」

そんな脅し文句、使ったことありませんか?最近は、鬼アプリというのがあるらしく、悪いことすると、鬼から電話がかかってくるとか、クリスマスシーズンが近くなるとブラックサンタが悪い子のところにはお仕置きしにやってくるとか、昔から、『嘘をついたらエンマさまに舌を抜かれるよ』なんて、よく言われたものです。秋田の『なまはげ』は、「悪い子 いね~が~?!!」って、出刃包丁持ってうちに入ってくるなんて言うのは、地域の風習ではあるけれど、完全に罰ですよね(笑)。

そうやって、罰を与えると、子どもは、確かに、一時は悪い子、困ったことをしなくなります。でも、それって、罰が怖いからやらないだけで、本当に悪いと思ってるわけではありません。ある意味、なんで悪いかわかってないけど、怖いからやらない、みたいな感じです。

罰のよくないところは、

1.罰を与える人に反抗心を持つ。

2.罰だけでは、実際になにをしたらいいかわからない。

3.失敗を恐れて、挑戦しなくなる

4.自尊心が育たない

罰を恐れて、言われるまで何もしなくなる、指示待ち人間を作ることにもつながってきます。

悪いこと、困ること、危ないことをして、怒ることは誰でもあります。

危険があることなら、子どものやったその行動の結果、どんな危険なことが待っているか、あなたが大事だから、こんなに怒っているんだよと、しっかり、その行動の何がいけなかったのか、教えるようなしかり方はありだと思います。むしろ、それは必要だと思います。

でも、命に危険のあること、人を傷つけるようなことでない限りは、それほど怒ることではないのではないかと思っています。

それでも、罰は、百害あって一利なしなんじゃないかと思います。

そういう私も、全く使わなかったかというと、そんなこともなく、節分で怖い鬼が保育園にやってきたのをいいことに、「はやく歯磨きしないと、オニ来るよ!」って、言ったことあります。

子供の通っていた保育園では、かつて、リアルに怖いなまはげのような鬼が来ていたので、その、恐怖たるや、完全に子どもたちの中ではトラウマになっていました。「オニが来る!」って言っただけで恐れおののいて泣き出す子もいましたから。実は、この保育園時代のトラウマ、かなり長い年月我が家では尾を引いて、一人で夜トイレに行けなくなるとか、暗いところや大きな音が苦手になるということもありました。

冒頭の、部活の罰も同じことで、罰を与えたからといって、決して自分で考えて行動する子にはならないんじゃないのかと思うのです。怒られないように、言われたことをただこなすだけで、本当にそのスポーツを楽しいと思ってやっているかどうかはわかりません。

 

本来、スポーツは子どもたちの健全育成のためのもののはず。体を動かす爽快感や、達成感、仲間との連帯感を味わったり、豊かな心や他人に対する思いやりを育んで、心身のストレスの解消に貢献していると定義されています。

でも、実際のところ、毎日のように、

「〇〇をしろ!」

「〇〇はするな!」

「違う!何度言えば、言われた通りに動けるんだ!」

「おまえなんて、やめちまえ!」

なんて、言わる続ける子どもたちは、部活自体がストレスになってる子が少なくありません。

そればかりでなく、過度な練習や、試合が続くことで、怪我が多く、体はボロボロです。骨折、腰の疲労骨折や、半月板の損傷、様々な骨や筋肉の損傷で病院通いしている子がたくさんいます。でも、休むわけにもいかず、ドクターストップがかかるまで、子ども達は走り続けることになります。成長期の子供が、一定のスポーツで、同じ筋肉を酷使することは、決していいことではないと思うのです。

過度な部活動に対する疑問や不満があるものですから、本来の罰の話からはちょっとそれましたが、まだ、お子さんが小さい方は、こういった部活の事情も知ったうえで、今後のお子さんの部活選びを一緒に考えてほしいと思います。

 

 

減点よりもイイトコメガネで加点を

かつて、減点ばかりする先生がいました。トイレの掃除で、拭き方が甘いと、「ここがまだ足りない!10点減点。」黒板の拭き残しがあると、「黒板がまだ汚い!5点減点!」って、とにかくダメ出しして、減点していく先生でした。

子ども達のその先生に対する評判は、ものすごく悪かった。厳しい先生で、とにかく、子ども達が思い通りに動かないと大声で怒鳴るし、廊下に立たせたり、今だと問題になるような行動もありました。

子ども達はというと、陰では先生の悪口ばっかりで、その先生がいるときはかろうじていうことを聞くのだけれど、先生がいないところでは、全くやらないというようなこともよくありました。

一方、子どもが大好きだったK先生は、加点方式。クラスの誰かがいい行いをすると、クラスの掲示に花丸をつけます。例えば、「〇〇クンがごみを拾った」といえば花丸を。「〇〇さんが、給食こぼして困っている〇〇さんを手伝って一緒に床を拭いてあげた」という場面があれば、花丸を、という具合に。花丸が20個(ぐらい?)たまったら、ご褒美で、学活の時間にお楽しみ会をやる、そんな先生でした。その先生の授業参観は、見ていても子供たちが本当に生き生きと発表していて、楽しそうでした。

 

K先生のいいところは、一人一人が、授業態度が良かったとか、宿題を忘れずにやってきたとか、字が丁寧に書けたとか、もちろん、そういうところでもよく褒めてくれたんだけど、それ以上に、前述したように、クラスの誰かのために動いたこととか、教室を自分からキレイにしたとか、そういう、クラスみんなのために、学校のためになるようなことをしたことを大きく褒めてくれるようなところでした。

自分が、誰かの役に立っている、そういうところを褒めて伸ばしてくれた先生でした。

減点方式が、最初は100点で、よくない行いをするたびにマイナスされていくという、どんどん、人を過小評価していくような、悪いところに目を向けたものであるのに対して、

加点方式では、初めは0点でだんだんプラスになっていく。上限はなく、100点にでも、200点にでも何点にでもなる可能性がある。可能性は無限大にあるわけです。

そして何より、悪いところではなく、いいところを見ているということ。だからこそ、子ども達は、もっと自分のいいところを見てほしいから頑張ります。自分はもっとできるんだよ!って、自分に自信を持っていきます。

「他人の短所を見れば憂鬱になり、他人の長所を見れば人生が明るくなる」/D.カーネギー

という名言があります。

「人嫌いを治す簡単な方法は、一つしかない。相手の長所を見つけることだ。長所は必ず見つかるものだ」という言葉も彼の言葉です。

「イイトコメガネ」というACのCMが以前ありましたが、周りの人のいいところを発見できる人でありたいものですね。

減点はエネルギーを奪い、加点は勇気とやる気を与える

これは、学校や部活だけでなく、家庭の中でも、社会に出てからも言えることですが、罰を与えることや、減点方式は、やる気を奪い、可能性を奪うものだということを頭の片隅に入れておいてほしいと思います。

前述したK先生のエピソードで、卒業の時に、自分のなりたい夢を子どもたち一人ひとり書いていましたが、「K先生のような先生になりたいです」という子がいたことが印象的でした。

加点方式は、こんな大人になりたいという、子供に夢を与えることもできるんだと思ったエピソードでした。

加点方式では、可能性は無限大だと前述しましたが、子ども達に、もっとできる、もっとがんばろうという勇気とやる気が芽生えてきます。

何でもかんでも褒めればいいということではありませんが、「こういうところはえらかったね」「こうしてくれてうれしいな。助かったよ。」そんな風に、いいところ一つ一つ口に出して伝えてあげると、自信になります。

どうか、「こういうところがダメ」「また〇〇したの!おやつなし!」って、罰や減点ではなく、イイトコメガネでいいところをみつけて、伝えてあげて下さいね。

罰を与え、減点方式ばかりでいると、思春期になったとき、大きく反発しますからね。

 

 

 

 

 

 

夏休みを子どもたちはどう過ごしたか~遊びつくした夏休み

東北の夏休みは短いもので、22日から小学校が始まりました。長いようであっという間の夏休み。キャンプにプールに博物館、虫取り、カニ釣り、魚のつかみ取り。いろんなことを経験した夏でしたが、今年は後半、長雨続きで外にもあまり出られず、子どもの友達が毎日のように家の中で遊ぶ日が続きました。

そんな子ども達の夏休みの過ごし方を振り返ってみたいと思います。

自然の中でめいいっぱい遊んだ子ども達

NPOみんな地球の子どもじゃんのキッズサマーキャンプで、福島からの子ども達と、一緒にキャンプをしました。シジミ採ったり、魚捕まえたり。

カヌー乗ったり

木登り体験したり

セミの羽化を見たり

カブトムシ捕まえたり

テントで寝たり

ウクレレ弾いたり

 

夏休み中のプレーパークで思いっきり遊んだり。

セミの抜け殻探しに夢中になったり

学校プレパであそんで、

公園のプレパで遊んで

カニ釣りして、

毎日雨でも遊んで

おいらせもりのようちえんでは、雨の中歩いたり、

森で遊んだり

流しそうめんしたり

 

海に行ったり

魚つかみ取りしたり

アゲハの幼虫飼って、羽化してみたらカラスアゲハで驚いたり

カミキリムシつかまえたり、

寒かったから、温水プール行って、

2日間の市でやってる水泳教室に通って泳げる距離が長くなったり、

たま~に、料理を手伝って、

三社大祭行って、

ねぶた跳ねて、

「恐竜の化石が見たい」という息子の言葉に、思い立って、0泊三日の車の旅で東京まで行って、博物館と、ついでに上野動物園に行き、電車で疲れて眠って、

家族と過ごした夏休み。こんな時間も今しかないことです。中学生以上になると、一緒に行動する機会は、ぐっと減りますからね。

ちなみに、夏休み中、長男はバイトして、ドイツに自転車で一人旅。高校生の次男は部活の他は、電車で北海道まで一人旅。中学生の娘は、毎日部活に明け暮れていました。

キャンプにも、一緒に来なくなってしまいました。成長するのはうれしいけれど、ちょっぴり寂しいです。

だからこそ、小学生までの黄金時代を、めいいっぱい楽しみましょう!

 

遊び疲れて寝落ちするほど遊びつくす

こうやって振り返ると、遊んで遊んで遊びつくした夏休み。

毎日のように遊んで遊んで、遊びつくすと、当然のように、寝落ちして、晩御飯も食べないで寝てしまったり、かろうじて晩御飯は食べるけど、歯磨きとお風呂が間に合わずに眠ってしまうこともよくありました。

寝落ちして

寝落ちして、

寝落ちして・・・

何日も歯磨きしないで、お風呂入らない日も。

夏休み後半、しわ寄せで、歯医者通いが続いて、夏休み明けまで歯医者通いが続いていますが・・・。

それでも、こんに遊びつくせる夏休みを過ごせるのは、幸せなことだな~、って思います。

日中、友達が遊びに来ないときは、もう、「9時になったら〇〇クンのおうちに行ってみてもいい?」って、家でじっとなんかしていられません。

遊び友達がいるのって、ありがたいことです。

 

小学生は友達が大事

家族とどこか出かけたり、プレーパーク以外では、毎日毎日お友達と遊んでた息子。

暑いときには水遊びして

遊んで

走って

食べて

ちょっと遠出して、水で生き物探しして

草滑りして。

友達がいれば、何をやっても楽しい。

時には言い争いのけんかになって、でも、すぐに仲直りして、一緒にかくれんぼしたり、別な友達誘いに走ったり。

何人かいると、中で遊びたい子と、外で遊びたい子がいて、

「外で遊ぼうよ!」

「え~、俺今これやってるから行かない」

「せっかく天気よくなったんだから、外で遊ぼうよ!」

「かくれんぼなら、俺、鬼やってもいいよ」

「よし、じゃあ、〇〇クンオニね!20数えて!」

なんてやり取りを毎日のように繰り返し。

きっと子供たちは、友達と遊べさえすれば、夏休み、どこかに連れて行ったりとか、そんなのも必要ないのかもしれないな~って思うくらい、友達と遊べていたらそれだけで楽しいらしい。

プレーパークのいいところは、そこに行けば、遊び仲間がいるってこと。初めての子とだって、すぐに遊べちゃうってこと。いつもの友達にも声かけてプレーパークをやったりもするのだけれど、だれかが遊び相手でいてくれたら、それだけで楽しいんだってこと。

小学生には、友達が必要です。

友達と群れて遊ぶことが必要です。

そのためのプレーパークなのかもしれません。

子どもには、くう、ねる、あそぶが大切だと言いますが、あそぶためには、友達が必要ですからね。

父親が育児参加すること


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日本の育休取得率は低く、2016年は女性は81.8%、男性は3.16%です。イクメンやカジダンという言葉もよく聞くようになった今も、まだまだ男性の育休取得率は低いようです。

フランスの調査では、育休を取得した父親の方がその後も子どもの世話により多く参加しているという事がわかっています。母親は、10か月かけて母親になる準備をしているわけですが、父親は、子どもが生まれて、お世話していく中で、徐々に父親になっていくと言います。

男性が育児に参加することで、お母さんが抱える家事や育児の大変さを、少しでもシェアできたなら、もう一人いてもいいかもと思えるのかもしれません。二人の子どもだから、お互い協力しあいながら子育てするという意識を持つのに、男性の育休も必要になって来るのかもしれませんね。

産後に育児に協力してもらえなかった、女は家事や育児をして当たり前のような態度をとっていたことが後々まで後を引き、熟年離婚に至るケースも多いと聞きます。産後の奥さんの体をいたわって、家事や育児に協力したり、忙しくてなかなか育児参加できないときも、奥さんにねぎらいの言葉をかけてあげてほしいと思います。

男性の育休

国や、県の職員などは、男性の育休を進めているので、比較的育休を取りやすい環境にありますが、民間では、人手不足などで、長期で休まれると困るという業者も多いので、なかなか進まないのかもしれません。

育休をとるためには、職場の上司の理解と、育休手当がでるなどの、経済的に支えてくれる制度が必要です。

厚生労働省では、今年の3月に、育児・介護休養法を改正して、パパ休暇、パパ・ママ育休プラスという制度を設けました。

こういう制度があるということも、意外と知られていないのかもしれません。

うちの場合も、末っ子の時は、主人は育休こそ取りませんでしたが、有給休暇や、夏季休暇、当時、介護の必要なおばあちゃんと同居していたことから、介護休暇なども併せて、産後、10日ほど休みを取ってくれて、サポートしてくれました。出産が夏休み中だったので、夏休み中の上の子たちを、あちこち連れて行ってくれたり、ご飯を作ってくれたり、洗濯してくれたり、何から何までやってもらい、本当に助かりました。

産後、旦那さんのサポートがあると、精神的にも安定します。

出産のダメージは交通事故並みといわれています。骨盤が大きく開き、ぐらぐらです。
子宮が妊娠前の状態に戻るだけで通常6~8週間。骨盤も、最低でも2か月かけて元に戻っていきます。
傷自体に加え、子宮の収縮、胸の張りもかなりの痛みを伴し、さらにホルモンバランスの急変により、気分が落ち込んだり不安に包まれたりしがちになります。
産後の1年は体を回復させるための期間と考えてほしい。家事や育児に専念するための時間ではないことを、夫婦の共通認識として持たないといけません。
最低でも、産後一か月は、ママの体の回復を最優先に、赤ちゃんのお世話以外の家事は、できるだけサポートしてあげたいところです。
大事な時期に寄り添えるかどうかは、その後の夫婦関係に大きく影響しそうです。

お父さんの役割、お母さんの役割

男女共同参画といいますが、もちろん、家事や育児に参加する男性が増えてくれたらいいし、働く女性も多いので、女性が働く環境を整えたり、子どもの病気で仕事を休まなければならないなど、女性が休むことへの職場の理解も必要なことだと思います。
でも、私は、全てが男女差なくフラットになればいいと思っているわけでもありません。
男性だからできること、女性だからこそ気づくこと、それぞれの良さがあると思っています。
子育てで必要な母性と父性のお話を、児童精神科医として、たくさんの子供たちに関わってきた故・佐々木正美先生のお話を引用します。
子どもの希望や要求を受け入れて、満たしてあげる。この〝相手を受け入れ包み込む〞のは母性的な愛情表現、いわゆる母性性。
一方、「これは良いこと、これは悪いこと」と善悪を教えたり、他人と良い関係を築く上で大切なマナーが身につくよう導くなど、過去から受け継いで来た社会のルール、知恵や文化を与えるのが父性性、父親的な役割です。
最近は子育てに関わる若いお父さんが増えていますが、何でもお母さんと同じようにする必要はありません。性差というのは生まれながらにあり、妊娠、出産、授乳がお母さんにしかできないように、お父さんにしかできないことがあるのが自然。子どもの育つ環境としては、文化的な男女差がはっきりしている方がいいと思います。

お母さんが母性性を存分に発揮できるよう協力することが、お父さんの役割として重要です。それは形式的に家事を分担することではなく、

精神的に支えられているという安心感や満足感を、お母さんに与えることです。

子どもが小さいうちは、お母さんの方が一緒にいる時間が長いでしょう。子どものお世話やスキンシップを、お母さんがイライラせず楽しんでやれることが大事。

お父さんは帰宅が遅いなら、話を聞いてあげたり、できる範囲で家事を手伝って、お母さんの心や時間をサポートしましょう。相手に対する気遣いができ、信頼し共感しあえる関係なら、子育てでさまざまな問題が生じても、一緒に考え解決していけるでしょう。

学校や社会に出たら、世の中は規範はルールという父性性にあふれています。だからこそ、家庭の中では、母性をしっかり子どもに伝えてあげてほしいと、佐々木正美先生は言います。

お父さんには、お母さんの心が安定するように、家族を支えてほしいと思います。同時に、お父さんにしかできない、体を使ったダイナミックな遊びや、力強い遊びを通して、「お父さんスゴイ!カッコいい!」って思ってもらえるような関りも、あってもいいと思います。

お父さんによじ登る。お父さんの腕にぶら下がる。高い高いする。虫や工作はお父さんにお任せ!なんていうように、お父さんの得意なことで子どもを喜ばせて上げられたら、家庭の中でのお父さんの株は急上昇しますから。

どうやって、子どもと遊んでいいかわからない、というお父さんもいますが、絵本を読んであげるのもいいと思います。お父さんが寝る前に読む絵本がおもしろいと、うちの子ども達も、ずいぶん喜んでいましたから。

今しか味わえない、貴重な時間

子どもと過ごす時間っていうのは、今しかない貴重な時間です。

家族のために働いて、お金を稼いで、でも、そのために家族と過ごす時間が少なくって、気が付いたら子供は思春期で、父親とはろくに口も利かなくなった・・・なんて話も聞きます。

子どもが小さいうちの時間は、取り返しのつかない大事な時間なんです。

子どもも、一緒に行動してくれるのは10歳ぐらいか、長くても小学校まで。部活や習い事が忙しくて、親子でどこかに出かけられる時間も、10歳以降は大幅に減ります。

子どもと関われるのは期間限定なんです。

でも、子どもとそうやって関わっていくと、楽しいことも共有できる。大変だったことも、後になったら笑い話。子どもと過ごした時間は、宝物の時間になっていきます。

ふと、振り返って、私が末っ子を妊娠していたときのことを昔の記事から思い返してみました。

妊娠中、しかも臨月。

毎年友人と行ってるキャンプにどうしても行きたくて、川遊びとホタルキャンプに行きました。

なんと、その夜、次男がマムシに咬まれ、救急車で病院へ搬送。旦那が次男に付き添い病院へ。不安になっている長男、長女のそばには私ついて、キャンプ場で一晩あかし、翌日、長男長女は友人に預かってもらい、私はそのまま病院へ。

いやあ~、大変でした。臨月でしたしね。

でも、それも、私なんかは、何が何だかわからず、あたふたしちゃったけど、旦那が、二本の牙の傷跡を見て、すぐ毒蛇だと判断して、救急車を呼んでくれた。救急隊の人に状況を的確に説明してくれてたから良かったんですよね。

子どもって、何があるかわからないです。

まあ、そんな話も、今は笑い話です。

マムシに咬まれたことが、宝物の思い出ってわけじゃないんですが、そうやって、家族と積み重ねた楽しかったり、悲しかったり、大変だったりした一つ一つの思い出が、何ものにも代えがたいものだということ。

今しか関われない子どもとの時間を、大切にしてほしいなって思います。

 

命をいただくということ~子どもの世界を広げよう

今日は、おいらせもりのようちえんでの森遊びの日。ここしばらく、しとしとと雨続きで、うんざりしていたので、今回は多少雨が降っても、外に出ようと思い、キャンプ場で遊ぶ事に。水遊びをメインに、雨どいと、ペットボトルを使った水遊び。遊んだあとは、流しそうめんをして、中に入って、もりのようちえんの畑で採れたお野菜を使ったスープをいただきました。手の空いた時間で、カイコの繭から糸を引く体験もしてもらいました。

それで解散だったのですが、そのあと、残った子ども達数人と下の牧場へ行って、羊や、ヤギ、牛を見てきました。

今回は、おいらせもりのようちえんでの子どもたちの様子の紹介しつつ、命をいただくことを考え、子どもの世界を広げる絵本を紹介します。

おいらせもりのようちえん森で水遊び

今回は、雨が降ってもカッパ着て外でバシャバシャ水遊びさせようと思って、用意した秘密兵器が雨どい。幸い、雨も止んで、それほど寒くもなく、お水遊びができました。森で遊ぶというよりは、森の中でのプレーパークという感じではありましたが、何をしようというプログラムもなく、ただ、物だけ用意して、あとは自由に子どもたちに遊んでもらうという感じ。のんびりと、遊びたいように遊ぶ子ども達。トンボやバッタを捕まえたり、キノコにじょうろでお水あげる子も。シャクトリムシつかまえてみたり。

森には、おなじみ、ハンモックとスラックラインの綱渡り。

ロープのブランコもつけて。

うちわのシャボン玉と。

ペットボトルの水鉄砲は、やっぱりこうなる!

子どもは着替え持ってるけど、大人の着替えはないのだよ。びしょ濡れの旦那、走る!

おチビさんは、水をぱちゃぱちゃしてたら・・・

やっぱりこうなる(*^-^*)。ちょっとおしりが冷たいのよ・・・

ボール流して、ペットボトル流して、

笹船流して。

連日の雨ででっかくなったキノコ見つけて、

刺されると、ものすごく痛いイラガの幼虫発見!絶対触ってはいけません!

虫を図鑑で確認中。

せっかく雨どいあるから、流しそうめんも!ゼリーも流れる。

もう、箸なんてめんどくさいもの、いらない!手でいっちゃいます。

今回は、RABの撮影が入っていました。

そうめんも終わって、まだ足りない子供たちは、そのまま室内へ。もりのようちえんの畑で採れた野菜を使った、おいしいスープをみんなでいただいて、お腹いっぱい。

囲炉裏でぬれて冷えた体をあっためる子も。

まったり五平餅を焼きながら。

食べ終わって、手の空いた時間に、カイコの繭を煮て、糸をとる、糸引き体験も。

クルクルクルクル。

単調だけど、なんだかやめられない。どんどんきれいな絹糸が出てきます。

先月はこんなに小さかったカイコちゃんも、

一か月で立派に成長。新幹線みたいな顔になってきましたね。もうすぐ繭を作り始めるでしょう。

糸を引くと、光沢があって、思ったよりも丈夫で、すごくきれいなんです。

これで、もりのようちえんは、解散です。

お片付けして、残った子で、牧場の方にお散歩です。

牧場で感じた命

残った数人の子ども達と、下の牧場へお散歩に行くと、牧場には、羊、ヤギ、牛、馬がいます。ヤギや羊に草をあげたりしながら牛舎へ行くと、大きな牛に圧倒される子供たち。
「ここの牛さんの牛乳は、上の売店で売ってるよ。」というので、帰りに売店で牛乳を買って飲みました。

とってもおいしかった。

お乳を搾るための牛の他、お肉にされる牛もいて、牛のことをもっと知りたいと思ったし、子どもにも伝えたいな、って思いました。
お肉も牛乳も、無駄になんかできません。命をいただく、ということを、改めて考えさせられます。

そして、もりのようちえんで、子どもたちに見せたカイコだって、家畜です。人間のために生かされ、利用され、利用価値のある繭だけをとるんですから。

そういった、人間のために生かされている家畜を通して、命をいただくこと、利用すること、そのありがたさや、残酷さ。いろんなことを、子ども達には感じてほしいです。

スーパーに並んでいるお肉が、いろんな牧場で、生きてきた牛だという感覚。そこがつながっているということを感じてほしいと思いました。

絵本で体験を深め、子どもの世界を広げる

この日、帰りに、息子と図書館に行くと、一冊の絵本が目にとまりました。

「きみの家にも牛がいる」という絵本。

タイムリーだったので借りてみました。

牛がと殺されて、お肉になるまでの工程が、そして、お肉だけじゃなく、骨や皮まで利用され、私たちの暮らしの中にたくさん利用されているということが、しっかりわかりやすく描かれています。

意外なところでは、グミやゼリーなんかも、牛の骨から作られます。

この本をきっかけに、いろいろ調べてみたところ、ゼラチン1袋(20g)で、牛の骨7~8頭分必要なんだそうです!

皮製品なんかは、靴や、ベルト、カバンなどに普通に使われていますよね。

ギターのナットに牛骨を使ったり、和太鼓は9割牛革だそうです。

ヴァイオリンの弓のチップという部品に牛骨、サムグリップに牛革が使われているものもあります。

牛は、捨てるところがないと言います。牛乳としてだけでなく、内臓も、お肉も、皮も、骨も。私たちの生活の中に、使われています。

生の牛を見てきたことと、それにリンクして、こういった絵本で、深めてみるのも、いいのかもしれません。実体験とその先にある世界を知る手掛かりとして、絵本はいいツールです。

子ども達に、畜産関係の人にお話を聞く機会を持てたらいいですね。現場で働く人の生の声を、もっと子供たちに聞かせてあげたいと思いました。

あわせて、絵本などで追体験できたり、体験したことから知識を深めたりできると、知らなかった世界が広がって、違うものの見方ができるようになるのかもしれません。

こういった、体験で、子どもの世界を広げてあげたいですね。

 

 

 

終戦記念日に子どもに伝えていきたいこと


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昨日は終戦記念日でした。毎年、お盆と重なり、ご先祖様に感謝するとともに、戦争によって亡くなった方々への追悼と、もう、二度とあのような時代が来ないようにと、平和を願い、今ある平和に感謝して過ごされた方も多いのではないでしょうか。戦後72年。戦争を語ってくれる方々も、だんだん少なくなってきています。次の世代へと語り継いで今なければ、戦争の記憶は薄れていきます。子どもたちに、何があったのかを語っていかなければなりません。なぜ、戦争が起きたのか。戦争によって何が失われたのか。戦争により、日々の生活はどうなっていったのか。戦地に向かった人たちの想いに触れ、愛する人を戦地に送り出した家族の想いを知り、家や家族を失ってなお生き延びてきた方々の必死に生きてきた時代を知る。だからこそ、今ここにある平和と、幸せに感謝できる。そういうことを伝えていかなければならないと思います。

 

戦争を知ること

原爆の悲惨さは、原爆の資料などで、多くの人が見聞きして知っているところです。でも、同時に、戦争によって、どれだけ多くの人が犠牲になり、苦しんできたかを知ることも、大事なことです。

特攻隊で散っていった人たち。出撃するに先立ち、残した家族への手紙や、書の数々から、国のために死んでゆくことの名誉よりも、残していく家族への想いや、無念や、死にたくはなかったという本当の想いを知ることができます。

当時、浮浪児と呼ばれて疎まれた戦争孤児出会った方々の話に触れると、戦争によって親や兄弟、家も失い、行く当てもなく、ただ生き延びるために必死であったと言います。

朝日新聞デジタル「戦争を語る2.孤児たちの遺言」

より一部抜粋。

「当時5年生だった男性は、集団疎開から戻った上野駅で迎えがなかったそうです。パニック状態になり、焼け跡で家族を捜しても見つからず、日が暮れて駅に戻りました。『生きていないと親に会えない』と思い、盗みを始めたと打ち明けてくれました。同じ境遇で一緒に地下道にいた3年生の男の子は、何日間も何も口にできず、『お母さん、どこにいるの』と言った翌日、隣で冷たくなっていた、と。いったん親戚や里親に引き取られても、重労働や虐待に耐えかねて家出をして、浮浪児になった子も数多くいました」

「いったん平和が失われたら、子どもの命は守れない。いまが正念場です。戦争孤児の問題は過去のできごとではなく、未来の子どもたちの問題です。終わりなき悲しみを子どもたちが二度と味わうことがないように、最後のチャンスと思って、伝えたい」

 

 

私の小学校時代の担任の先生もまた、戦争経験者でした。当時、私たちに話してくれた言葉が、今も心に残っています。

まだ10代だった先生は、夜通し作戦の場所に向かって歩かされ、眠くて、寝ながらひたすら歩いていたこと。目的地に着き、手りゅう弾を抱えて道に潜んで、敵の戦車が来たら、そのキャタピラの下に突っ込むようにという命令だった。手りゅう弾を抱えて震えながら夜を過ごしたこと。ただ、先生は、二手に分かれた分かれ道の一本にいて、たまたま戦車は反対側の道へ進んで、先生の待つ道には戦車が来なかったため、先生は生き延びたこと。

面白い先生で、笑い話のように話してくれていたので、小学生だった当時は、面白い話として聞いていたように思います。でも、改めて先生の話を思い返す時、10代の子供が、爆弾を抱えて夜を過ごすのはどんな気持ちだったろうかと。一人の命が捨て石のように使われた時代。子どもが上官に逆らえるわけもなく、死にゆくことしか選択できなかった時代。

当時、13歳から19歳までの少年兵が42万人もいたと言います。学徒動員(大学生)12万人。大人と同じように戦わされ、軍にとっては習熟していない少年兵は消耗品。特攻の多くはそんな少年兵であったとも言います。

大人はもちろんのこと、子ども達までもが戦わなければならないなんて、そんな戦いは、もう二度とするべきではないと思います。

子ども達が守られていく世の中であり続けてほしいと、切に願います。

 

 

平和な未来のために、私たち一人一人ができること

去年の終戦記念日に書いたブログです。

去年は朝の連続テレビ小説で、「ととねえちゃん」をやっていて、戦争で失われていった、何気ない日常の幸せが、どれほど大切だったか、それこそが、守るべきものだった、というようなことが語られていました。

日々の暮らしを大切にすること。

きれいな川で遊んだ子ども時代。

田んぼにうごめく生き物たち。

笹船を流し、誰が早いか競走したり。

花冠を作ったシロツメクサの香り。

山に登って、足下に広がる見渡す限りの森の木々。

海に連れていってもらい、足にまとわりつく波と砂の感触。

トンボを捕まえるのに夢中だったこと。

焚き火や、薪ストーブの柔らかな灯りとけむりの臭い。

暗くなるまで友達と走り回って遊んでいたこと。

雨に打たれてびしょ濡れになったこと。

川の中に光る魚を捕まえようと格闘したこと。

家族で囲んだ賑やかな食卓。

 

子ども時代の体験が、豊かであればあるほど、幸せな子ども時代がよみがえります。草いきれの匂い。泥や砂の感触。いっぱい遊んで、家に帰ってきたときの安心感。

それらが多ければ多いほど、守るべきものはそこにあったと気づくことが出来ます。

心の中に息づく故郷の情景は、そのまま守りたいもの、大切なものなるでしょう。

子ども達に伝えていきたいこと

だから、子ども達には、折に触れ、戦争の話を伝えていくのと同時に、日々の暮らしを楽しみ、たくさん遊んだ遊びの中で、大好きなものを増やしていていくのが、平和のために私たち一人一人ができることだはないのかと思っています。

 

戦争の絵本や本、アニメや漫画、映画でみてもいい。今なら、インターネットで、たくさんの戦争体験や、戦争での証言を見聞きすることができます。

戦争に関する漫画で有名な「はだしのゲン」は、図書館でも借りられるところが多いです。

「この世界の片隅に」は、8/30まで、Yahooプレミアム会員に登録すると視聴することができます。

「火垂るの墓」や、「永遠の0」「男たちの大和」「硫黄島からの手紙」などの映画を観るのもいいでしょう。

戦争や平和の絵本については、こちらのブログでも紹介しています。

どんなものでもいい。戦争は、幸せを奪い、怒りを生み、悲しみを生むものだと、伝えてほしい。

子供時代、毎日のように友達と駆け回った故郷。後々の記憶に残っていく原体験。バカなことやって笑いあった仲間。あったかい家庭。それがあるからこそ、そういう幸せだった地域を守りたい。仲間を守りたい。家族を守りたい。大事にしたい。そう思えるのだと思うのです。

今年の終戦記念日は終わりましたが、戦争について語ることには終わりはありません。

夏休みに、そういうことを子どもに伝える機会を持ってほしいと思います。

 

 

 

 

あなたは小さい頃何をして遊びましたか?

「あなたは小さい頃何をして遊びましたか?」

青森でプレーパークをやっている仲間が問いかけた小さな問いに、大人になったたくさんの『もと子ども』達から、凄すぎるものから、かわいいものまで、いたずらや、わんぱく、武勇伝など、数々の投稿が寄せられていました。

真っ暗になるまで遊び、道草しながら帰り、やりすぎて時には怒られ、でも、「これやったら面白いかも!」って思うと、やらずにはいられなかった子供時代。毎日がわくわくして、ちょっぴりドキドキして、そんな子供時代を送ってきた『もと子ども』達は、今、大人になって、親となり、自分たちの子供時代のように、今の子ども達にも、たくさんワクワクしてほしいと考えています。

今の子ども達には、最初の問いに、「ゲームばっかりやってた。」「部活や塾や習い事ばっかりで、遊ぶ暇がなかった」なんて答えるんじゃなくって、「友達と毎日走り回ってた」とか、「虫捕りしてた」「カニ釣ってた」「田んぼでオタマジャクシ捕まえてた」「秘密基地作ってた」なんて、答えられるような子供時代を過ごしてもらいたいですね。

子供時代のいたずらわんぱく武勇伝

スレッドの中から、数々の武勇伝を紹介していきます。「あ、これ、自分もやったことある!」っていうものから、「え!!そんなことまで!」っていうのまで、たくさんあります。皆さんも子供時代を思い出しながら、読んでいってみてくださいね。

・Aさん

『みみずで遊んだり、飼育小屋のにわとり放し飼いにして、近くの用水路の蓋開けて物凄い数のゴキちゃん出して食べさせたり・・・かなへび捕まえてしっぽ切れてショック受けたり・・・色々私もやりました(笑)骨も何度折ったことか・・・こどもの遊び、大人も一緒になってというか、大人も本気になって遊べるプレーパーク素晴らしいと思います。』

・マウンテンさん

『釣りに行って自分の足を針で引っかけて釣ってしまったり、テトラポットの中に入ってボールや漂流物を探して遊んでたら女性の水死体を発見したりw』

・Mさん

『田んぼでおたまじゃくしとってて遅刻とか、目つぶって家まで勘で帰ろうとして、停まってる車に顔面ぶつけた』

『食べれもしないのに、宝物のようにナナカマドの実を大量に集めてたなー。
ヨウシュヤマゴボウも食べれないのにおいしそうで集めてたなあ。』

友達と遊んで家に帰るとき、今日は絶対曲がり角で車が来ない!減速確認しない!と決めてチャリで爆走。ほんとに車来なかったからよかったけど、来てたらどうなってたことやら。』

Y・Kさん

『川で丸太を渡ろうとして、落ちて、浄水場のおじさんに助けられたー』

I・Hさん

泥水でシャンプーした。
火遊びして、すんごくしかられた。』

・Sさん

『滑り台から転落して、その日はそのまま寝てしまい、翌日、幼稚園に姉を送り、荷物も預けて、念のため、整形外科でレントゲンとったら、鎖骨骨折。なのに、母は現場を見ていなかった。
ターザンロープから落ちて、頭を打った。頭なので、またまたレントゲンをとるのに、お姉ちゃんはまだこの写真とったこと無いのに、あなたは2回目だね。と言ったら、得意気だった。我が家の二女。』

・ビッグちゃん

『夜中に田んぼで寝てる鴨捕まえて、家の中に連れて帰ったら、鴨暴れて
母ちゃん起きてきてめっちゃ怒られた。』

『畑でモグラ捕まえて、逃げないようにお腹に押し付けながら必死に家に持ち帰ったらお腹噛まれて血が出てて母ちゃんにめっちゃ怒られた。』

『かまきりの卵が好きでタンスにドッサリ集めてたらいつの間にか孵化したらしく母ちゃんが…』

『子供の頃、山奥に住んでたから、水道の蛇口ひねると頻繁に山椒魚混じってくるほどきれいな水道水だった。』

・ドロシーさん

『机の中にカマキリの卵大切に持ち帰ってしまっておいて、春になったらそれが孵ってカマキリの赤ちゃんが机からワラワラ湧いてきてばーさん悲鳴。』

『うちのじーさん秋田犬のブリーダーやってて、うちに常時秋田犬が何匹もいたの。その秋田犬の展覧会に出場する犬に大会前日まゆ毛描いて遊んで、じーさん悲鳴。』

 『近所に自転車乗ってると走って追いかけてきて噛み付いてくるコリー犬がいて、ある日また襲われかけて命の危険を感じて戦ってそのコリー犬を落ちてた角材で殴って退散させた。もう襲ってこなくなった。』

『アリジゴクの巣を見つけて、弟とアリを探してアリジゴクにアリ落として遊んでたら、そのアリジゴクの上にアシナガバチの巣があって、私と弟ボッコボコに刺されて病院送り。あのときはアリジゴクの呪い事件て名前をつけた。』

『ホウセンカの花の蜜を吸いにミツバチが花の中に入ったらすかさず入り口をつまんで、中にミツバチを閉じ込めて、それを人に投げて『ミツバチバクダン』って遊んでた。ミツバチバクダン、たまにつまみ損ねてミツバチに刺されるリスキーな遊びだった。』

『学校帰りにカエルの卵見つけて、入れ物を探してたら、弁当箱がピッタリでルンルン卵お持ち帰りして、弁当箱洗おうとした母ちゃんの悲鳴。』

 『昔土間の玄関で、コンクリで打ちつけてあったんだよ。んで、そこにでっかいアロエ育ててたの。火傷とか切り傷とかに効くって。私もアロエ塗ったらなんでも治るって信じてた。

近所の犬に脇腹噛まれて腹に包帯巻いて遊んでる時に棒切れ見つけて、杖にしてジジババジジババ言って遊んでたら、砂利道だったから石に棒切れが引っかかって、その先が犬に噛まれた傷に直撃。傷口パッカン開いて出血。こりゃ怒られると思って、またアロエ塗って危険回避!今度は成功!!と思いきや、風呂に入る時におびただしい出血でまたバレて怒られる。母ちゃん悲鳴!』

『バッタは捕まえるとひいばあちゃんが干して佃煮にしてくれた。ある日、新任の若い女の先生に、弁当のおすそ分けだと手に乗せてあげた。数秒後悲鳴。』

『私の普段の移動手段はチャリだったんだけど、10キロくらいは普通にどこにでも行けた。
遠くなるとばーさんがチャリの荷台に弟を乗せて、私のチャリをロープで牽引して移動してた。
ある日、わりとキツイカーブ曲がりきれず、私、チャリから吹っ飛んで道路脇の用水路に落下。チャリはばーさんが牽引していたため無傷。』

冬の吹雪の日にばーさんとケンカ。家出だっ!って言って外に出て、ほっつき歩いていて用水路の穴に落ちる。田舎の夕方。近くを通る人なんかいるはずが無い。やばい、死ぬかもしれないって必死にもがいていたら、犬の散歩中のじーさんに何してるんだと発見されて泣く。タースーケーテー( ;∀;)』

『ガマの穂を担任に投げつけてガマの穂バクダン。
ほっぺグニーの刑。』

・ナンシーさん

『カマキリの卵をバッタといっしょに虫かごに入れて教室で育ててて、学校休みに入って
休み明け、バッタの死体とともに孵化してしまったカマキリの卵。みんなのお道具箱やロッカーや本の隙間にまんべんなくカマキリの赤ちゃんがいてクラス中パニック。ほくそ笑む私』

『塾の宿題を間違えて転んだってドブに流した。宿題のバックを水たまりに放り投げる。水たまりにゴーグルに水着で挑んでジャリジャリになるがめげずに泳いだりしてるトコをひかれそうになる。習字は友達がやったやつをもらってやったことにして、駄菓子屋と空き地に入り浸り。空き地の石を拾いまくって山にしたのを一気に崩して遊ぶのにハマり、なぜか近くのおばちゃんから石拾って偉いとほめられる。』

『ミミズを細切れにしたやつを肉に見立てて、砂と葉っぱとでチャーハンとか作ったもんだよねぇ』

『台風で学校休みの日に、傘で飛びたくてさガチで飛んで水かさ増した用水路に落ちて、焦って半ば溺れて這い上がり何事もなかったかのように帰宅したり

風強い日に飛ばされてまた用水路に落下してランドセルの中身全部濡れてやったー教科書ないしもう勉強しなくていい!とあとから喜んだらガチ叱られた。用水路に落ちて可哀想な子ではなくなったよねw』

『田んぼのあぜの横に一気に水が来てながれるとこがあって、
そこで毎日泥遊びとかしてたんだけど、ある日少し下流にチャレンジしたら、おしり足とかに色んなとこにヒルがくっついてかじられた。
身体中ヒルまみれで家に行ったらもう2度度遊べないと悟った5歳は
隣の家のばーさんにヘルプ。ばーさんは冷静にヒルをとってぶん投げて身体中絆創膏はられた。ヒルにかじられた事は未だに内緒。アブにやられたことにしてあるw』

『同級生のおばーちゃんちの裏のとこに、大量に土器が捨てられていることを聞き、すげー距離をチャリで漕いで発掘しに行った。今思えばあの土器…売れたんじゃないか…土器発掘にはまり時間があれば土器ばっかり掘りに行ってた小5。』

 小5小6の担任が面白くてクレイジーだったんだけど、バス釣りに先生と一緒に行った時に見たことないサイズのアリがいて後を追って巣を発見。
すかさず掘りまくったらこれまた見たことないサイズの卵発見。みんなに見せたくて更に掘ろうと思ったらアリが反逆。色んなトコから身体の中に進入し、体中かじられてすごいことのに。初めて草の上でローリングローリングした。ヒアリにかじられたらきっとああなるだろう。

『幼稚園が大嫌いで、幼稚園を破壊崩壊させることばかり考えていた。トイレットペーパーをトイレに全部ガラガラして突っ込んで水流れ無くして溢れかえらせて、トイレ全部から水ダダ漏れ。玄関まで水浸し。おれやってやったと自分はご満悦なので怒られた記憶なし。』

・ベストさん

『蛇数匹捕まえてハンマー投げ大会。
カエルのケツに爆竹挿入してカエル爆弾。
トンボの両羽つまんで引き裂いて、胴体の筋肉見て…
シーチキンって言うだけの遊び。
バーちゃんの畑仕事手伝ってる最中に、たまに出てくるモグラをクワでモグラ叩き。
バーちゃんのスクーターを無断で爆走使用。
バーちゃんのスクーターでウィリーして大怪我して…。
近所の防水そうに鯉放して、プライベート釣り堀。
近くのゴルフ場に秘密基地建設。
秘密基地から、コースを回る人のボールを勝手に移動。
パチンコでボール当てゲーム。
カップ穴を無数に掘削。
グリーンの上に松ぼっくり爆弾でグリーン占領。
学校帰りに、コース上で寝て営業妨害。
裏山全部使ってサバイバルゲーム。
山のツルでリアルターザン。
冬場、友達の家の牛舎屋根から雪山にバイブ。
岩肌にホースの水で穴開けてクライミング。
家の山林で弟と火遊びして山火事未遂。
ってかきりがない…
SNSで書けないことも多々…
今の子供達には縛りがあり過ぎる。
時代の流れがそうさせる。
むしろ時代の縛りよりも、子供達本人達の遊びの意欲に壁があり過ぎる気がする。
もっと、本来の子供達になって欲しい。』

 『爪を使って渋柿に顔描いて人形作ってオモチャにした。
梅の実を勝手に盗んで梅の実合戦。
田んぼの水路をせき止めてザリガニ捕り。
牛の糞に滑ってウンコ塗れになった。
アヒルを庭で10羽飼って育ててたら1日1羽ずつベビに喰われて減ってると思ってベビ捕まえて石で頭カチ割ってたら、後ろでイタチ?がアヒルを狩ってた。
捕まえようと追っかけたら勢い余って土手から落ちて腕と膝がグチャグチャになった。
ロケット花火を瓶ビールに大量に詰めて一気に飛ばしてカラス退治。
学校帰り道路にかんしゃく玉を大量に撒いて、超楽しいイタズラ。
学校帰りに知らない保育園に行ってカンユをお裾分けしてもらってた。
建具屋で木をもらって道路で削って剣にしてチャンバラ。
畳屋に媚び売ってお茶とお菓子をもらってた。
通学路にある知らないおばちゃん家に置いてあった浴槽に水貯めて入ってた。
近所の豆腐屋に設置してた公衆電話の料金箱をどうにかして開けてやろうと友達と日々頑張ってた。
歳上だった集団登校の班長と連続ゲップ対決で連勝してた。
ランドセルをソリにして雪山でソリ遊び。
高校生カップルの繋いでる手の間に割って入ってを繰り返して鬼ごっこ。
高校生に中指立てて、キレさせて鬼ごっこ。
授業中喧嘩してたら担任からの提案で中庭で公開喧嘩になり凄い盛り上がった。
授業さぼって町徘徊をしてすぐバレるを繰り返してた。
裏山に◯◯本が不法投棄してあるのを知ってたから小4位から裏山で熱心に勉強してた。
家から小学校まで10km近くあってほぼ歩きだったから毎日が冒険だった。
こうやって思い返すと宝物な思い出ばかりで、その中で沢山学んだってのがわかる。』

Oさん

『大きいお兄さん達と木っ端で20センチくらいの船を作った。幼心にはピッカピカの国宝級の宝物に見えた。さあ、川にながしてみようぜ、出航だ!という段になって、惜しくなったオレは「いだましいーー❗️(もったいない)」と泣き叫んで出航阻止。場の雰囲気を盛り下げたとか、
学校でウンコするとバカにされるから下校までガマンしてたら自宅まであと70メートルというところでもらしてしまい、風呂場で母親に叱られながら洗われたのが小5なんて、恥ずかしくてとても書けない。』

『幼稚園で女の子にウケようとしてバレリーナのマネで、クルクル回ってたらバランス崩して机の角に激突。瞼の上を数針縫った跡が53年経ってもまだ残ってるなんて、フツー過ぎる。

やはり幼稚園で、友だちと共謀して給食室に忍び込んで、オヤツを盗み食いしたとか、みんなやってるよね。やってないこの方が少ないよ、きっと。』

『小学校で初のスキー合宿。当日朝になって校長先生が急逝。当然スキー中止。近くにスキー場がたくさんあるのにとうとうスキーを覚えずに人生を閉じることになりそう。

水も苦手で、毎年プールの季節になると超ブルーになってた。
「水着忘れた」「頭痛い」ウソついてサボることばかり考えてた。』

・Wさん

『ランドセル背負ったまま(カブトエビ?とか取ろうと)田んぼ覗き込んでたらランドセルが落ちてきてゴロンと前転して田んぼにダイブ、後ろ半身ドロまみれ。
みんなで家じゅうの傘を持ち寄って下にレジャーシートしいて、テント気分で基地を満喫!
蜘蛛の巣を指で巻き取って丸めて玉にしてたら母悲鳴。
木登りしてたら落ちて背中を強打、ちょっと息が止まって焦る(笑)
父ちゃんのベルト何本も繋いだものを気に引っかけ即席ブランコ。
近くの山の洞穴に基地を作って子供だけの世界を満喫!
数家族で海いったとき子供らでフナムシ捕まえて何が好きか飲ませてたら、意外に(大人から少しもらって試した)ビールにイチバン食いついててビビったり。
回旋塔で思いっきり降り飛ばされたり。色々やったな

・APさん

『ミミズをバケツ一杯取って、針と糸で通して糸ミミズを作って物置にぶら下げて母悲鳴(笑)
糸ミミズって言いたいが為だけの殺生、、、』

・Kさん

『バケツに山盛りのカタツムリ捕ってきた!
だって、どっかの国で食べてるのテレビでみたし…お母さん喜んでくれるかなーって。笑
お母さん、怒りはしなかったけど、かなりビックリしてたっけ。
今、ウチの子やったら、私倒れるかも…』

・Mさん

『夏はバクチク・ロケット花火で遊んでた。今は子供にライターとかマッチ使わせないし、痛い思いもさせないね。危ないものは危ないって体験するのも大事だと思う』

・Zさん

『坂にござ敷いて滑り台にして遊んだ!そしたら後ろにひっくり返って石に頭ぶつけて頭に穴あいた!』

・MMさん

『 川に魚捕りに行って見事にズブ濡れになって、こりゃ叱られる!と履いてたジャージを手洗いして(台所水浸し)アイロンで乾かそうとして焦がして…結局叱られる(笑)
当時は小学校も指定のジャージだったから、貧乏だった我が家の出費を増やして更に叱られた』

『露店で買った昆虫採集セットの注射でおたまじゃくしに液体注入』

『トンボのシッポに糸くくりつけてペットにする』

・Jさん

『自販機の「缶味噌汁」のボタンを押したままアロンアルファを流し込み固定。お金を入れたら即味噌汁の状態にしてました。ひどいガキ』

『ミニスキーで軽トラにつかまって20キロほど離れた市内へ遊びに行きました。行きはだいたいの車が市内へ向かうから問題なかったんだけど、帰りはいろんな方向に向かうのでなかなか帰着できませんでした。』

『ロケット花火を手に持って水平に発車して撃ち合いもしてた。』

『学校中のトイレ個室を内鍵して、校内大パニックってのもあったなあ。』

『自転車のダイヤル式チェーンロックをことごとく解析して、バラバラに付け替えて大問題になったこともあったなあ(*゚▽゚)ノ』

・Rくん

親が怒りそうになったのを兄弟センサーで感知して絶対見つからないきみ畑に隠れた。そしたら、きみ畑を荒らしてた熊と一対一になった。こっちが唸ったら普通に歩いて帰りましたよ。あっちもびっくりしてた。

親に怒られて子牛小屋のワラの上で一緒に寝た。一泊。
友達とエアガン持って鹿追いかけて山の中走ったり。」

Tさん

『外でかくれんぼをしてて、橋の手すり?の外側に隠れたら、どぶ川に落ちて、全身泥まみれの擦り傷だらけになって、家に歩いて帰ったら、外で裸にされて洗われた。』

『家の庭にあった砂場で、母が使わなくなった皿とか鍋とかで、ひたすらにおままごと。花壇の見えにくい場所の草を使って、デコレーションしてた。』

Iさん

『家から徒歩二分の海で、クラゲをバケツいっぱいに捕って太陽にあてて、ドロドロにして、ニコニコと母に「牛乳だょ」と見せたらすんなり捨てなさいと言われました。捨てたのは、海よりも遠い先輩の家の横の側溝です』

TMさん

『 蟻の巣を見つけては、ひたすら穴をほじくってた。冬は縄跳び。ゴム段。夏はプール。子どもは無料だったから毎日のように通ってた。校庭も開放されてたから、行くとこ無いと学校に行って鉄棒してた。手にマメができてたし、片足回しをやるときに膝の裏が痛くないようカーディガンを巻いてべろべろに伸びてしまったり。 近所で誰かが花火をやれば、どこからとなくワラワラ集まってきて、スイカなんか食べたりして。楽しかったな』

AKさん

『秘密基地作ってそこを拠点に探検。
基地とは違う山に入って行って、キイチゴとか花の蜜を吸って半日過ごすプチサバイバル。』

 『何故か今でも思い出せないけど、テントウムシのサナギを集めて来て放置。いつの間にか成虫だらけになり、叱られるw』

『鉄棒みたいな車止めで鉄棒して地面に頭を強打。星が出て⭐️しばしフリーズ。』

ステファニーさん

『・ポケットは常に「お金」と呼ばれるウバユリのタネでいっぱい
・冬のある日友人数人と、風邪で学校休んだ友達にプリント届けることに。普通に道あるのに1人が「俺たちはこの雪山を超えなければ!!」と言い出し、除雪されてない広い公園の雪をこいで行ったときは、「私は雪山で死ぬかもしれない」と本気で思った。
・自転車の補助輪外したばっかりなのに全力疾走で常に膝ゲジャゲジャ。
・友達の家に泊まりに行って夜みんなで抜け出して湖の桟橋のフェンス超えて、桟橋の上で夜を明かした。』

『湖で溺れたときは死ぬと思ったなー。本当に走馬灯のようにゆっくり思い出が蘇ったんだよねー。あのときの映像はいまだに覚えてる。』

『鉄棒で友達が「豚の丸焼き」って両手両足で鉄棒にぶら下がるやつやってて、私もマネっこ。「手もはなせるよー」って言うから「わたしもー」ってやったら両手両足はなしちゃって、落ちて意識失って、気付いたら病院だった。』

『・兄、保育園の時屋根から下にジャンプ。友達にかっこいいと褒められて再度ジャンプ。骨折。
・捨て犬だと思って飼ってたのがキツネだった
・トンボ引き裂く
・カエルに爆竹爆弾
・爆竹を道路に投げて、車が走るとバンッ!!!
・葉っぱも石も絵の具もとりあえず味見する。
・じいちゃんが捕まえたヘビにちょっかい出して噛まれて救急車
・夏の小学生の部活はカヌー。練習より、練習終了後のカヌーひっくり返して落とし合いするのが白熱
・冬の部活はスキー。ケガは日常茶飯事。骨折した先輩は、松葉杖をバットにして野球で全力疾走。
・下校中に車に轢かれたヘビを発見。首に巻いて帰宅。』

Nさん

わざわざ犬のウ○コに花火のクラッカーを刺し火を点けて『時限爆弾』とかってワクワクしながら隠れて見てたらなかなか爆発しない。様子を見に近づいて、覗き込んだ瞬間大爆発❗️
今でもその瞬間は忘れられません。w( ˙◊︎˙◞︎)◞︎

T・T兄さん

スキー教室で木に激突して脳震盪起こしたとか、
百円玉飲んで下からちゃんと出て来たとか、
二段ベッドから落ちて舌を噛んで病院で縫ったとか、
明らかに借りパクした他人の名前書いたファミコンカセットあったとか、
二重跳びは300回、時間跳びは1時間越えとか、
規格外が目の前にいたけど、世の中まだまだ広かったな。

A・Aさん

『セミの抜け殻をバケツいっぱいに集めて服に沢山つけてアクセサリーにしてましたw
家のすぐそばがりんご畑で木に登ったり、落ちてる小さいりんごを投げで葉っぱに付いてるセミの抜け殻を落としたり…
抜け殻だ〜って思って取ろうとしたらリアル幼虫でちょいビビったり。
今思うと何が楽しかったのか謎です(笑)もちろんバケツいっぱいのセミの抜け殻は最後に全て踏んで粉砕ww

田んぼの用水路に頭から全身浸かって落ちたwそのあと母にどう処理されたか記憶がないw

公園の砂場にアリがいて、何回砂をかけても這い出てくるので(当たり前w)何故か無性に腹が立ち、器用に一本一本足を抜いていも虫みたいにもがいているのを見届けた後で、アリを踏んで楽にしてあげました。今思えば中国の三大悪女気持ちが少しわかっていたのかも(笑)

近くに土管が積み上げているところがあったので登って飛んで遊んでました。リアルドラえもんの世界。

今は色々言われるし、子供たちは大変だなあと思います😅
そして自分のことは棚に上げ、そんな危ねえことすんじゃねえよ!と怒る私です(笑)』

『姉はリカちゃん人形のピアスを鼻の穴に入れて取れなくなって病院行ったとか、中学の時ノーヘルでダンプに轢かれて無傷だったとかあったよ〜
でも、その報告学校で聞いて(年子だからね)でも、帰って来いって言われないから大したことないんだろうな〜って冷静に授業受けて帰ったら「お姉ちゃんダンプに轢かれたんだよ!?なんで慌てて帰って来ないの!?」ってめっちゃ元気そうにウチのソファーに座ってる姉に怒られた記憶が…』

Sさん

低学年の頃は普通にお人形遊び。友達の家に、卵を入れる取っ手付きの段ボールにお人形セット入れて遊びに行ってました。リカちゃんよりジェニー派。
友達はみんな卒業したけど、卒業できずにハンドメイドのドール服作ってます。
一方、身体が大きく男勝りだったので、高学年の頃は近所のガキ大将に。
公宅アパートの出入り口にある一畳ぐらいの屋根に、踊り場の窓から乗り込んで子ども4・5人でたむろしてました。
もちろん、そこから出る時は飛び降りる。武器はパチンコ。(Y字にゴムついてるおもちゃのやつ)
小石をパチンコで飛ばして10数メートル先の的に当てられるという技を習得。スケバン刑事が流行ったので、ヨーヨーを振りまわしたり、某ジャンプ漫画の影響でシャーペンを武器にしたりもしてました。自分も子分たちも大けがさせたことはなかったので、まぁまぁガキ大将としては穏便だったのではないかと。たぶん。

 

ちなみに、私。

『・花火の煙幕持って、家の中走り回って怒られた。
・お兄ちゃんはカエルのお尻にバクチク入れて火つけてた。
・飼ってたカナリヤ、テレビ台のガラスの扉に閉じ込めて遊んで、片っぽ開けて、こっちだよ〜って誘って閉めて、反対側開けて誘って閉めて、ってしてたら、カナリヤの首扉に挟んじゃって、死んじゃった。
・友達が家の鍵忘れて入れなくなってて、ベランダの窓空いてるかも、っていうから、木登り得意だった私が、三階のその子のうちまで、ベランダ伝いに登ったけど、窓しまってって、またベランダ伝いに降りるのが、めちゃくちゃ怖かった。
・そろばんや、書道を習わされてたけど、いっつもサボって遊んでた。「今日はどうだった?」って言われて、以前に丸もらってたやつ見せてたから、今、字は綺麗じゃないし、計算も早くない。
・道路にいたハチを自転車でわざとひき殺した。
・姉ちゃんと喧嘩して、油性マジックで姉ちゃんの机にバカアホマヌケと書いてやった。』

『自転車で山道下って、カーブ曲がり切れずに転がった。その時初めて、目の前に星が飛んだ。ものすごい痛かったけど、ホントに星が飛ぶんだ~って、妙に感動した。』

『小学生までは、いじめっ子のいたずらっ子だった。好きな子いじめて、腕をつねって、血出るまでちぎって泣かせた。

夏休み中の水泳大会が嫌で、「おじいちゃんが危篤です」って嘘ついて休んで、夏休み中家から出られなくなった。』

 

そして旦那

『幼稚園の頃には10kmくらい離れたまちまでチャリ旅してた。』

『3~4歳の頃、団地の坂道をさっそうと自転車で走り下りる近所のお兄ちゃん達をみて、三輪車にまたがりマネして走り下りて猛スピードで壁に激突、側溝に落ち、近所のお母さんに助けてもらった。』

『あそんでたら道路に毛虫がいるのを見つけ、「いいこと思いついた!」と毛虫を踏むことを思いつき、家に三輪車を取りに帰り、三輪車で毛虫を踏んだ。とたんにものすごく悪いことをした気分になり、その日以来生き物を大切にするようになった。』

『お寺の裏山の廃施設に、山の斜面に沿ってコンクリを貫く、子ども1人寝て入れるくらいの数メートルの長さの鉄の管があって、その中を滑り降りてよく遊んでた。ひざを曲げ伸ばししてずりずり下りてたら足の裏と膝でスポッと管にはまり動けなくなった。一生このままかと本気であせった。今思い出しても冷や汗が出る。』

『川であそんで、帰りは近道しようとガケを登って道路にあがろうとしたら、ガケの途中で足場がくずれてきて上がるも下がるも身動きとれなくなり、本気で死ぬかと思った。粘ってなんとか登りきったので私は今ここにいます。今思い出しても冷や汗が出る。』

『 小学校から中学にかけて、友達と防空壕、鉱山跡地、鍾乳洞をさがしては洞窟探検にはまってた。中3の秋くらいまでやってて、模擬試験前日にも洞窟行って、そしたら試験成績が下がって、先生から洞窟禁止令がでた。』

『友達の家の庭に人が入れるくらいの大穴を掘った。さらに隣にもうひとつ掘ったらつなぎたくなって、穴の底から横穴を掘って2つの穴をつないで人がくぐれるひみつきちを作った。』

『学校の帰り道に山でかくれんぼ。山の中に潜むのがうますぎる友達がいて、みんなで探しても全く見つけられなくて、結局見つけられずにそのままみんな解散してしまった。』

みんな、ここには書ききれないほど、まだまだたくさんの武勇伝があります。

こうやって、いろんな人の子供時代のいたずらわんぱくを見ていると、今の子供たちはまだまだおとなしいな~って思います。

子どもは今を楽しみ、変化を望んで生きている!

子供時代の、こういったたくさんの人の遊びを見ていると、とにかく、『今を楽しもうとしている』っていうのがわかります。

子どもって、「今よりもっと面白いことを経験するために、どうすればいいか?」に、全身全霊をかけているようなところがあります。

とにかく、楽しみたい。

普通はつまらない。だから、普通じゃないことをしてみたい。

この前も、子ども達をウォーター滑り台のあるプールに連れていったら、最初は普通に滑っていたけど、最後になると、だんだんみんな変な滑り方をしていくようになってきます。

いかに変な格好で、みんなより面白く滑ってこれるか?みたいな。

坂を段ボールで滑り降りるのだってそう。

おしり滑りから始まり、立ち乗りしたり、お腹で滑ったり、だんだん変な滑り方にエスカレートしていきます。

普通じゃないことは、ドキドキして、わくわくします。

もっとドキドキしたくって、もっとワクワクしたくって、「え~!!そんなこと~!!」って思うようなことをしでかしてくれる事もしばしばです。

それは、本能に近いのかもしれません。

だって、こんな小さいうちから、こんなことするんですもの(笑)。

普通と違うことが楽しくってしょうがない。

変なことが楽しい。

羽目を外して、思いっきりやりたいようにやるから楽しい。

子どもは、止まることを知らない。いつでも、本来は、全力で遊びきって、疲れ切って、電池が切れるように眠りにおちる。

毎日のように、走り回って、思いっきり遊んで、寝落ちして、何日もお風呂入ってなくったって、歯磨きしないで寝ちゃうことがあったって、そんな風に、全力で遊びきることができる子供時代を過ごせるなんて、最高に幸せなことです。

そんな子供時代を、たくさんたくさん過ごさせてあげたいな。

木苺食べたり、

桑の実食べたり

虫捕まえたり

雪にまみれたり

泥んこになってみたり

水鉄砲戦争したり

穴掘ったり

高いところから飛び降りたり

秘密基地作ったり

ゾンビごっこしたり

忍者になってみたり

崖に登ってみたり

火遊びしたり

魚釣ってみたり

カニ捕まえてみたり

釣ったカニ食べてみたり

絵の具にまみれてみたり

水に浮かぼうとしてみたり

田んぼの生き物探してみたり

木切ったり、なんか作ったり

雨に打たれてみたり

とにかく、遊んで遊んで遊びつくす。そんな子供時代を過ごしてほしい。

 

たっぷり遊んだ子供は、子どもに優しい大人になる

 

いたずらわんぱくをたくさんしてきた「もと子ども」の大人たちは、今、子ども達が、自分たちがしてきたように、たくさん今の子供たちに遊んでほしいと思っています。

子どもの声が騒音だ。

ボール遊びしてると怒られる。

川で遊ぶと怒られる。

寄り道すると怒られる。

空き地がなくて、自由に遊べる場所がない。

いろんな状況が、昔の私たちの時代とは違ってきていて、子どもたちにとっての遊びの環境は、とても遊びにくい環境になっています。制限があり、禁止事項がいっぱいあって、子どもたちにとっては生きにくい世の中なのかもしれません。

親も忙しいから、子どもは塾や習い事に通わされたり、学童保育に預けられるから、自由に遊ぶ時間がないとか、外で遊ぶと怒られるから、ゲームで過ごしちゃうとか。

たくさん遊びこんできた「もと子ども達」を見ていると、自分もたくさんいたずら、わんぱくも、無茶なことも、無駄なことも、たくさんやってきているから、子どもに対する許容範囲が広いように思います。むしろ、もっとやっていいよと思えるくらい。

自分たちが子供のころも、いたずらして親や周りによく怒られたけど、だいたいは、見て見ぬふりをしていてくれたんじゃないのかな、って思います。

いろいろやってるのはわかっているんだけど、見守ってくれていたとか、だまって好きなようにさせてもらっていたんじゃないかと、今、親になって思います。

危険な事や、人に迷惑が掛かっちゃったことなんかは、がっつり怒られたけど、それ以外のことは、自由に遊ばせてもらってた。怒られて学び、怪我して学び、失敗して学んできた。

子ども達に必要なのは、そうやって、バカなことやりながらも、失敗から学ぶ経験や、やりたいことをやってみるわくわく感を味わうことだったり、友達と関わりながら遊ぶ経験だったり、遊びから学ぶことです。

そんな宝物の経験を、たっぷりしてきた子ども達は、次の世代を育てていく、子どもに優しい大人になっていくのだと思います。そういう子供たちをたくさん世に送り出したい。

そう思います。

 

子どもとの関わり方~子どもの面白い!に寄り添う

子どもとの関わり方に正解はありませんが、親が、「そんなのよりこれやったら?」っていうことは、案外つまらないもので、子どもの中から湧き上がる「これやってみたい!」から生まれた遊びは、次々「もっとこうやったら楽しいんじゃないか?」って、遊びが広がっていくものです。できるだけ、こどものやりたいと思ったことを実現できるような環境を整えてあげたいものです。

こうやったらもっと楽しいんじゃないか?

子どもって、そんなことが、そんなに面白い?って思えるようなことが大好きです。普通の遊びから、「いいこと考えた!もっとこうやったら面白いんじゃない?」って、遊びがどんどんエスカレートしていきます。

たまたま木があった場所を掘ったら、なんかのコインが出てきて、そこから、木を投げて、「ここにに宝が埋まってる!」って、空き地の宝探しが始まったり、

テレビかなんかで見た、ダウジングで、宝を掘り当てようとしてみたり。

ほんとは木のホッケーゲームの台なんだけど、水浸しにして遊んでみたり、

最初は水鉄砲だったけど、最後はバケツで水の掛け合いっこになっちゃったり、

ただ落とし穴掘ってたら、思いのほか深くなって、

「だったら足湯にしようぜ!」って、お湯沸かして足湯にしてみたり。でも、最初は土にただお湯いれただけだから、どんどんお湯は土にしみこんでなくなっていくから、ビニール袋敷いてみたり、最終的には、コンテナボックスを埋めて足湯の完成だったんだけど、その、試行錯誤して出来上がっていく工程が楽しいのです。

 

あるものを、その用途で遊んでいるうちは、それほどワクワクしないんだけど、違う使い方をし始めたときから、どんどん遊びは発展していき、『もっとこうやったら楽しいんじゃない?』『これやったらもっとスゴイことできるんじゃない?』って思い始めると、もう、わくわくが止まらず、やらずにいられなくなります。その時の子供たちの表情が、ほんとうにいいのです。

やりたいと思ったことをやれるように

泥遊びしてて、そのうち、泥をかけたとか、かけられたとかで言い争いが始まったりします。

だったら、もう、「ここに泥投げたら?」って場所を作ってしまうと、子どもたちのエネルギーはそっちに向かいます。

泥投げてほしくないところがあるなら、投げていい場所を用意する。

火遊びしたいときは、安全に火遊びできる状況をつくる。

みそ汁作りたいって子がいたときに、バーベキューコンロや七輪なら庭先でもできるから、そういうやり方をしてみたり。

思い切って、子ども達をキャンプ場に連れ出して、ちゃんと焚き火やってみたり。

どういうやり方をしたら、子どもたちがやりたいことを実現できるか、子どもたちの遊びを見ながら、考えてみることも多い。

大人の子どもとの関わり方

子どもが、面白いと思ったことに、どれだけ大人が寄り添えるか?子どもの面白さを感じていることに、大人も一緒にどれだけ面白がることができるか?

子どもとの関わり方で、心にとめておきたいのは、そういう大人の遊び心なんじゃないかと思っています。

「そんなバカみたいなこと、できるわけないじゃん」とか、「そんな無駄なことやってどうすんの」って、言ってしまったら、子どもの面白がる気持ちは、シュルシュルと音を立ててしぼんでいきます。

むくむく沸き上がった、バカみたいなことを一緒に面白がってみると、「だったら、これ使ってみる?」って、子どものワクワクをさらに大きくしてやることができる。

そしたら、その先、失敗するかもしれないけど、やってみたら面白かった!次はこうやってみようって、想像力がどんどん湧いてくる。その瞬間に立ち会えるのは、子どもと関わる醍醐味です。

「ああ、今日も面白かった~!!」

「次はこれ、もっとこうしようぜ!」って、次に来るのが待ち遠しくなるような、家に帰っても、そのことばっかり考えちゃうくらいの、わくわくする子供時代を過ごさせてあげたいものですね。

水遊びしたいけど、濡らしたら怒られちゃうっていう子には、着替えを貸してあげて、思いっきり水遊びさせてあげることもあります。帰りはもちろん、濡れていない自分の服に着替えて帰るので、怒られることはありません。もしくは、本人が濡れてもいいと言って水遊びしたけど、あんまり寒そうだったら、帰りに乾いた服を貸してやることもあります。お古なので、貸した洋服が戻ってこなくても、どうってことはありません。

お兄ちゃん、お姉ちゃんのお古の洋服は、こんな時役立つので、なかなか捨てられないものです。

どうやったら、「これやってみたい」ということをダメだと言わずに実現させてあげられるか?子どもの面白さにどこまで寄り添えるか?その辺が子どもの関わるうえで、大事なポイントなんじゃないかと思います。

 

 

 

広島原爆の日に想う~子どもたちが何の心配もなく遊べる日常を

今日は72回目の広島原爆の日。たくさんの方々が命を落とした日。自分たちの犠牲によって、子どもたちの平和で幸せな未来があると信じて戦ってきた人達がたくさんいた時代。大変な時代を乗り越え、命をつないでもらったからこそある、今の私達。でも、そんな今の時代であっても、安心して外遊びができない状況の子ども達もたくさんいる。子どもたちは、いつの時代も、どんな場所でも、いつでも一緒。天真爛漫な笑顔と、空に抜ける高らかな笑い声。その声に、どれだけ幸せをもらったか。どれだけ、この子達のために頑張ろうと思えたか。今日は、保養キャンプの子ども達と、駒っこランドでのプレーパークの様子もあわせてお伝えします。

遊ぼう十和田!キッズサマーキャンプ2017

『NPOみんな地球の子どもじゃん』主催のキッズサマーキャンプが4回目を迎えました。震災後、思いっきり何の心配もなく外で遊ぶことができなくなってしまった福島の子ども達を、十和田で思いっきり遊んでもらおうと始めたサマーキャンプです。原爆とは関係なくても、同じ放射能で日常を不安に過ごしている子どもたちとそのご家族。見えないからこそ不安で、でも、いろんな事情があってそこに暮らす方々。一年に一回。短いかもしれないけど、放射能のことを忘れ、遊びたいだけ子どもたちを遊ばせてあげたい。そんな思いで続けているキャンプ。

十和田乗馬クラブの協力のもと、毎年初日は馬と触れ合い、翌日は十和田の自然を満喫してもらいます。一年目は小川原湖、二年目は川遊び、三年目は十和田湖、四年目の今年は再び小川原湖。

毎回人気のハンモックやブランコ。

今回はスラックラインの綱渡りも。

みんなで歌いながら乗って揺らして、大喜び。

この日はあいにくの曇り空。気温も低めだけど、湖を前に、入らないわけにはいきませんよね。

カヌー待ちの子ども達。

ここはず~っと遠浅なので、子ども達も歩いてカヌーを押してみたり、カヌーから飛び降りたり、唇が紫になってブルブルなっても、なかなか水から上がりません。

さすがに寒くなって、ブルブルしながらたき火にあたりに来るそばで、ダッチオーブンにお肉を仕込んでいます。

今回子どもたちがはまったのが弓矢づくり。うちから持って行ってた弓矢を見て、自分たちも作りたい!っていう子たちで、弓矢の材料を調達に行きます。

いつもは杉の木で作るんだけど、ここには杉林がなかったので、松の木で代用。引きすぎると折れちゃうので、多めに材料を調達。男の子だけじゃなく、女の子も。

矢は、笹の葉っぱを落として使います。どのぐらいの長さがいいか、曲がってないか、飛びやすい矢を選びます。

木にタコ糸張るだけの単純なつくりなのに、けっこうよく飛びます。友達の方がよく飛ぶと、悔しくなって、もっと飛ぶ弓を作りたくなります。再び材料調達に森へ。

そして、よく飛ぶフォームも試行錯誤。この子のように、放物線を描くように斜め上に向けて飛ばすのが一番よく飛ぶようです。

他にも、木登り体験に

ウクレレ体験

特に、決められたプログラムはないけれど、こんなこともできるよ~って言うと、子ども達がやりに来る。そんな、のんびりのんびりな時間。

砂浜で魚やシジミを探す子がいれば、トンボとりやセミを探す子もいる。笹船作ってみたり、なんか、ビオトープ的なの作ってたりもね。

そして、大人もたくさんいるから、誰が誰の子かわからないくらい、子ども達は、空いてる大人を見つけては、遊んでもらって、見守ってもらって。

そして子供たちも、みんなが小さい子のお母さんみたいで。

箱入り娘は人気者。

そして、このキャンプを支える陰の大人たち。おいしい地元のお野菜を提供してくれた人。おいしい食材をおいしく料理してくれる人。食器洗いや、食材の下ごしらえを手伝う人。いろんな人たちが関わってくれています。ここに写っていない人もたくさん、たくさん。

子ども達がピザ生地伸ばしてトッピングして、

ドラム缶で焼いてもらって、

みんな、うまいうまい言いながら、いっぱい食べて。

 

そして、ここのキャンプ場、夜に虫探しに行けばカブトムシがいっぱいいて、いろんな虫がいっぱいいて、朝にはセミの羽化が見れて。

自然の中で遊び、生き物に触れ、森にあるものを利用して遊び、温かい人たちに囲まれ、本当に安心して、思いっきり遊びきることができた子供たちでした。

雲間から光が差し込む小川原湖は、とっても美しかった。

駒っこランドでプレーパーク

そんな保養キャンプの翌日は、駒っこランドでのプレーパーク。

小川原湖の天気とはうって変わって、じりじりと熱くなるようないいお天気。セミの鳴き声もにぎやかな駒っこランドは、それでもさわやかな風が吹いて、とても気持ちのいい日。

たまたま夏休み、おばあちゃんちに遊びに来ていたという子も。

作ってみたら、剣みたい。海賊みたいでちょっとかっこいい。

色も塗って。

完成!黄色がポイント。

こちらは、おじいちゃん、おばあちゃんにプレゼントですって!

そのそばで、ちびっこチームは平和に遊んでいます。

ここ、下は土じゃないけど、やってるつもり。

お兄ちゃんのまねして水鉄砲も。

水があったら入りたいね。

ホッケーゲーム台で水遊び。

こちら、セミの抜け殻やセミ探し。

自分の剣に名前を書いて、これは、自分のだぞ!って。

そうかと思うと原っぱで転がって遊び、

戻ってきてはまた遊び、

「セミ、捕まえた~~!!」って、走ってきたり。

「見て見て!腕から離れないよ!」

弓矢づくりはこの日も人気でした。

子どもの笑顔は平和そのもので、幸せそのもの

子ども達の屈託のない笑顔と、高らかに響く笑い声は、平和そのもので、幸せそのもので、その、子ども達に、元気をもらい、また、明日も頑張ろうって思えます。

今日は広島原爆の日。たくさんの人が命を落としました。戦争そのものも、子どもたちの笑顔を奪うものだけれど、放射能もまた、子どもたちの笑顔を奪ってきました。昔も、そして、今も。

子どもたちが何の心配もなく、安心しておもいっきり遊べること。

子ども達の笑い声の響くそんな地域であること。

当たり前のようだけど、それが当たり前じゃない人もいて、だからこそ、それが当たり前になる世の中が来るように、私たちは、ただただ、目の前の子供たちを笑顔にしていきたい。