子どもに罰は必要?

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昨日は、娘の部活の大会でした。結果は、2勝2敗。いいところも、悪いところも、もちろんありましたが、本当に一生懸命頑張っている子どもたちを見るのは、いいものです。ところが、どのスポーツにも当てはまることだと思うのですが、勝たせたい余り、罵声をあびせ、怒鳴り散らし、罰としてダッシュで走らせているコーチがいるチームが、とても気になってしまいました。そのチームの子ども達に笑顔はありませんでした。

普段の生活の中でも、罰を使うこと、ありませんか?「〇〇しないとオニが来るよ!」「〇〇しないとおやつなしだよ」なんて脅し文句を、よく使いませんか?

果たして、子ども達に罰は必要なんでしょうか?ちょっと考えてみたいと思います。

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罰を与えるのは逆効果?!

子どもがしてほしくないことをしたとき、失敗したとき、だいたいの大人は怒りますよね。

「何でそんなことしたの?!」

「~しちゃだめじゃない!」

そんな言葉が口をついて出てきます。そして、同じことを繰り返さないように、時として罰を与えます。

小さなお子さんだったら、

「~したら鬼が来るよ!!」

「~したらおやつなしだからね!」

そんな脅し文句、使ったことありませんか?最近は、鬼アプリというのがあるらしく、悪いことすると、鬼から電話がかかってくるとか、クリスマスシーズンが近くなるとブラックサンタが悪い子のところにはお仕置きしにやってくるとか、昔から、『嘘をついたらエンマさまに舌を抜かれるよ』なんて、よく言われたものです。秋田の『なまはげ』は、「悪い子 いね~が~?!!」って、出刃包丁持ってうちに入ってくるなんて言うのは、地域の風習ではあるけれど、完全に罰ですよね(笑)。

そうやって、罰を与えると、子どもは、確かに、一時は悪い子、困ったことをしなくなります。でも、それって、罰が怖いからやらないだけで、本当に悪いと思ってるわけではありません。ある意味、なんで悪いかわかってないけど、怖いからやらない、みたいな感じです。

罰のよくないところは、

1.罰を与える人に反抗心を持つ。

2.罰だけでは、実際になにをしたらいいかわからない。

3.失敗を恐れて、挑戦しなくなる

4.自尊心が育たない

罰を恐れて、言われるまで何もしなくなる、指示待ち人間を作ることにもつながってきます。

悪いこと、困ること、危ないことをして、怒ることは誰でもあります。

危険があることなら、子どものやったその行動の結果、どんな危険なことが待っているか、あなたが大事だから、こんなに怒っているんだよと、しっかり、その行動の何がいけなかったのか、教えるようなしかり方はありだと思います。むしろ、それは必要だと思います。

でも、命に危険のあること、人を傷つけるようなことでない限りは、それほど怒ることではないのではないかと思っています。

それでも、罰は、百害あって一利なしなんじゃないかと思います。

そういう私も、全く使わなかったかというと、そんなこともなく、節分で怖い鬼が保育園にやってきたのをいいことに、「はやく歯磨きしないと、オニ来るよ!」って、言ったことあります。

子供の通っていた保育園では、かつて、リアルに怖いなまはげのような鬼が来ていたので、その、恐怖たるや、完全に子どもたちの中ではトラウマになっていました。「オニが来る!」って言っただけで恐れおののいて泣き出す子もいましたから。実は、この保育園時代のトラウマ、かなり長い年月我が家では尾を引いて、一人で夜トイレに行けなくなるとか、暗いところや大きな音が苦手になるということもありました。

冒頭の、部活の罰も同じことで、罰を与えたからといって、決して自分で考えて行動する子にはならないんじゃないのかと思うのです。怒られないように、言われたことをただこなすだけで、本当にそのスポーツを楽しいと思ってやっているかどうかはわかりません。

本来、スポーツは子どもたちの健全育成のためのもののはず。体を動かす爽快感や、達成感、仲間との連帯感を味わったり、豊かな心や他人に対する思いやりを育んで、心身のストレスの解消に貢献していると定義されています。

でも、実際のところ、毎日のように、

「〇〇をしろ!」

「〇〇はするな!」

「違う!何度言えば、言われた通りに動けるんだ!」

「おまえなんて、やめちまえ!」

なんて、言わる続ける子どもたちは、部活自体がストレスになってる子が少なくありません。

そればかりでなく、過度な練習や、試合が続くことで、怪我が多く、体はボロボロです。骨折、腰の疲労骨折や、半月板の損傷、様々な骨や筋肉の損傷で病院通いしている子がたくさんいます。でも、休むわけにもいかず、ドクターストップがかかるまで、子ども達は走り続けることになります。成長期の子供が、一定のスポーツで、同じ筋肉を酷使することは、決していいことではないと思うのです。

過度な部活動に対する疑問や不満があるものですから、本来の罰の話からはちょっとそれましたが、まだ、お子さんが小さい方は、こういった部活の事情も知ったうえで、今後のお子さんの部活選びを一緒に考えてほしいと思います。

減点よりもイイトコメガネで加点を

かつて、減点ばかりする先生がいました。トイレの掃除で、拭き方が甘いと、「ここがまだ足りない!10点減点。」黒板の拭き残しがあると、「黒板がまだ汚い!5点減点!」って、とにかくダメ出しして、減点していく先生でした。

子ども達のその先生に対する評判は、ものすごく悪かった。厳しい先生で、とにかく、子ども達が思い通りに動かないと大声で怒鳴るし、廊下に立たせたり、今だと問題になるような行動もありました。

子ども達はというと、陰では先生の悪口ばっかりで、その先生がいるときはかろうじていうことを聞くのだけれど、先生がいないところでは、全くやらないというようなこともよくありました。

一方、子どもが大好きだったK先生は、加点方式。クラスの誰かがいい行いをすると、クラスの掲示に花丸をつけます。例えば、「〇〇クンがごみを拾った」といえば花丸を。「〇〇さんが、給食こぼして困っている〇〇さんを手伝って一緒に床を拭いてあげた」という場面があれば、花丸を、という具合に。花丸が20個(ぐらい?)たまったら、ご褒美で、学活の時間にお楽しみ会をやる、そんな先生でした。その先生の授業参観は、見ていても子供たちが本当に生き生きと発表していて、楽しそうでした。

K先生のいいところは、一人一人が、授業態度が良かったとか、宿題を忘れずにやってきたとか、字が丁寧に書けたとか、もちろん、そういうところでもよく褒めてくれたんだけど、それ以上に、前述したように、クラスの誰かのために動いたこととか、教室を自分からキレイにしたとか、そういう、クラスみんなのために、学校のためになるようなことをしたことを大きく褒めてくれるようなところでした。

自分が、誰かの役に立っている、そういうところを褒めて伸ばしてくれた先生でした。

減点方式が、最初は100点で、よくない行いをするたびにマイナスされていくという、どんどん、人を過小評価していくような、悪いところに目を向けたものであるのに対して、

加点方式では、初めは0点でだんだんプラスになっていく。上限はなく、100点にでも、200点にでも何点にでもなる可能性がある。可能性は無限大にあるわけです。

そして何より、悪いところではなく、いいところを見ているということ。だからこそ、子ども達は、もっと自分のいいところを見てほしいから頑張ります。自分はもっとできるんだよ!って、自分に自信を持っていきます。

「他人の短所を見れば憂鬱になり、他人の長所を見れば人生が明るくなる」/D.カーネギー

という名言があります。

「人嫌いを治す簡単な方法は、一つしかない。相手の長所を見つけることだ。長所は必ず見つかるものだ」という言葉も彼の言葉です。

「イイトコメガネ」というACのCMが以前ありましたが、周りの人のいいところを発見できる人でありたいものですね。

減点はエネルギーを奪い、加点は勇気とやる気を与える

これは、学校や部活だけでなく、家庭の中でも、社会に出てからも言えることですが、罰を与えることや、減点方式は、やる気を奪い、可能性を奪うものだということを頭の片隅に入れておいてほしいと思います。

前述したK先生のエピソードで、卒業の時に、自分のなりたい夢を子どもたち一人ひとり書いていましたが、「K先生のような先生になりたいです」という子がいたことが印象的でした。

加点方式は、こんな大人になりたいという、子供に夢を与えることもできるんだと思ったエピソードでした。

加点方式では、可能性は無限大だと前述しましたが、子ども達に、もっとできる、もっとがんばろうという勇気とやる気が芽生えてきます。

何でもかんでも褒めればいいということではありませんが、「こういうところはえらかったね」「こうしてくれてうれしいな。助かったよ。」そんな風に、いいところ一つ一つ口に出して伝えてあげると、自信になります。

どうか、「こういうところがダメ」「また〇〇したの!おやつなし!」って、罰や減点ではなく、イイトコメガネでいいところをみつけて、伝えてあげて下さいね。

罰を与え、減点方式ばかりでいると、思春期になったとき、大きく反発しますからね。

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