子ども時代に挑戦してますか?

このブログでは、とにかく、子どもたちにリアルな体験を!

自由な時間が必要。遊びが大事!

そういうことを伝え続けてきました。

遊びの本質は、これやったらどうなるんだろう?

これをやったら面白いかな?

そういうドキドキとワクワクであると思っています。

知らない世界は「怖い」

子どもたちは、地域の自然の中で遊んでいますか?

そして、どのぐらい地域のことを知っているでしょうか?

 

どんな生き物がいる?

どんな花が咲いてる?

空気のにおいは分かる?

鳥は鳴いてる?

虫の声が聞こえる?

季節の巡りを感じられる?

田んぼの水はあったかい?冷たい?

川の水は、田んぼの水とどう違う?

庭や近所の草むらと、野山では見つけられる生き物に違いがある?

生き物がたくさんいるところはどんな場所?

食べられる植物、木の実を知ってる?

子どもたちは、そういうことが体験的にわかってくるぐらい、外で遊んでいるでしょうか?

身近な自然に触れ、自分の住んでいる地域が、どんな環境なのか。

心地いいのか。

危険なのか。

そういうことを、体で感じていくことが、生物として必要な感覚なのではないかと思っています。

子どもが発達する段階として、まず初めに五感で感じます。

見る

触る

なめる

匂いをかぐ

音を聞く

五感の中で使える感覚全てを動員して、自分が生きる世界は、心地いいのか、身の危険があるところなのかを感じ取っていきます。

さわったり、なめたりしながら、快か不快かを感じていきます。

最初は、ただただ五感で感じる時期です。

かたい、柔らかい、チクチク、ザラザラ、軽い、重い、冷たい、熱い、甘、辛い・・・など。

熱いものを触った時、お母さんが、「あ、あっちっちだね~。」という言葉がけをすると、感覚と言葉が結びついていくわけです。

そして、握る、振る、落とす、たたく、かじるなど、動作を表す言葉も同時に、お母さんの声掛けから覚えていきます。

体を使った感覚が、すべての根底にあります。

そして、人は、経験していないことを「怖い」と感じます。

それは、未知の世界にどんな危険があるかもしれない、危険から身を守るための本能です。

小さなころから草原で遊び、虫や生き物たちと触れ合ってきた子は、虫が出てきてもあまり「怖い」とは思いません。むしろ、コンクリートや、塀で囲まれた清潔な空間の中しか知らない子は、予測不能な動きをする虫が「怖い」と感じる傾向があると思います。

知らないものは怖いのです。

でも、それがどんな動きをするのか、刺すのか、刺さないのか、危険はないのかがわかっていれば、怖くないんです。

未知のことへの挑戦

昨年の秋、子どもたちがカナヘビを捕まえてきました。

実際捕まえてみて、カナヘビは噛まない。比較的おとなしい。

そして、案外かわいい。

私も、カナヘビを飼うのは初めてだったので、まずは、何を食べるのか、図鑑を見ました。

クモ、ミミズ、バッタ、コオロギなんかを食べるようだと分かりました。

子どもたちも、寒くなる前は、毎日草原で餌取りし、あげる日々。

クモは嫌いだという子もいるけれど、カナヘビのご飯だと思うと、嫌な顔一つしないでせっせとクモをとってきてくれていました。

でも、あげてすぐ食いつくエサと、中に入れててもちっとも食べないエサがあるんですね。

どうも好みがあるらしい。

そして、三匹いるけど、それぞれ、よく食べる奴と、あんまり食べない奴がいる。

個体差があるんですね。

そういうことは、飼ってみて初めて分かることです。

ところが、困ったのは冬場です。

さて、どうしたものか。

ヒーターやライトを入れて、冬場もエサやりし続けて飼うか、冬になる前に逃がしてあげるか。冬場も飼い続けるにはコストと手間がかかる。逃がしてあげるか。

そう思ったとき、ふと思ったんですよね。

野生のカナヘビは冬眠すると。冬眠中は雪の下の土の中で、できるだけ代謝を落として食べなくてもいいように眠って春を待つのだと。

ネットをいくら検索しても、冬眠させてる人の情報は出てこなかった。

でも、雪の中は、意外と暖かくて、0度以下にはならない。雪国では、雪室というものがあって、外気が氷点下であっても、雪室の中は0度前後をキープできるんですよね。

ということで、虫かごのまま外に出したら、氷点下で死んでしまうだろうし、冬でも0度以下にならない場所は・・・ってことで、冷蔵庫に虫かごを入れて冬眠させることにしました。

変わりがあるかどうかわからないけど、雪の中にいる感覚に近いように、プチプチで包んで、中にもプチプチ入れてみました。

ただ、調べてみると、冬眠中も、時々水分をとっているらしいということで、乾かないように時々お水をかけてあげながら、一冬・・・・。

お水をあげるときに、生存確認。丸まって、ちゃんと生きてるみたいです。

先日、雪も解けて温かくなった日に、冷蔵庫からだして、日光浴!

生きてました!

なんだか感動です!

これも、

①土の中で冬眠しているカエルを掘り起こしたことがある。(寒いところなら冬眠させられるかも?)

②雪で作ったカマクラの中は温かい(雪の中は0度以下にならない)。

③物置に置いておいたリンゴは凍ってる(氷点下に放置するのは危険)。

という経験があったから、外に置いといたら凍って死んでしまうかもしれないけど、冷蔵庫の中に入れてみたら冬眠できるんじゃないか?という発想に行きついたわけです。

さて、無事、冬眠から目覚めたカナヘビたちにはエサが必要です。

さあ、これからまた、エサ探しが始まります。

知らない世界は怖い、でも、ワクワクする!

たった、カナヘビの冬眠させる、という未知のことに挑戦するのも、実はちょっと怖いのです。もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない。

そしたら、冬の前に逃がしてあげた方がよかった。自分がこの小さな命を殺してしまうかもしれない。

でも、それ以上に、うまく冬眠させられるかもしれない。

そしたら実験大成功じゃないか。

冬眠中の様子も観察できるし、何より、春、冬眠から覚めた時のことを考えると、何とも言えずワクワクするのです。

やったことないことは怖い。

失敗を恐れるなら、やらないほうがいい。リスクもある。

でも、それより、挑戦したときのドキドキとワクワクを味わいたい、という気持ちが勝つから、挑戦しようと思える。

挑戦しようと思えるのは、この、

未知の領域に足を踏み入れるドキドキ(怖いもの見たさに近い)と、

挑戦したことによって得られるであろう達成感に対する期待のワクワク

を知っているからなんだと思います。

それには、小さなころから、小さくても、たくさんたくさん、未知のものへの挑戦と失敗と成功を繰り返している必要があります。

ハイハイしていた子どもが、つかまり立ちし、手を放して一歩踏み出すような、そういう瞬間をです。

一歩踏み出したときに、周りの大人が、手をたたいて、満面の笑みでその挑戦と成功を喜んでくれる。それは、小さな子どもにとって、この上なくうれしく、誇らしい瞬間なのだと思います。

またその瞬間を味わいたいんだけど、一度できてしまったことは当たり前になってしまい、喜びや感動がなくなってしまう。その後も、あの感覚を味わいたくて、たくさんたくさんいたずらという名の挑戦をするんだけど、あるとき、「あれ?これは喜んでくれないぞ」と気づく。

いろんなことに挑戦しようとするんだけど、「これはばっちいからダメ」「だめだめ、それは触らないで」「これはあぶないからダメよ」と、周りの大人から危険や、やってはいけないことを学習をしつつ、挑戦するものがどんどん目の前からなくなっていき、かわりに、安全で安心なものばかりで周りを埋め尽くされ、どっぷり安心安全な柵の中の心地よさに慣れていってしまうのです。案外、これも悪くないなと。

もちろん、命の危険に関わるものは、絶対だめよと守ってあげる必要はあります。

でも、その守りの柵が、あまりにも守られすぎてて、ちょっと自分の能力以上のことへ挑戦する機会すら奪われてしまってはないだろうかと思うのです。

プールで泳ぐのは好きだけど、海で泳ぐのは怖い。

予測できる範囲の中では安心だけど、予測不能な大海原の真ん中で海に飛びこむのは怖い。

そういう気持ちは分かります。本能ですから。

だけど、広い海に出て初めて見える世界があるのも確かです。

広い海だからこそ出会えるものがある。

プールの中で満足して終わるか、広い海に飛び出してみるか。

ただ、どちらがいいも悪いもありません。安心なプールで好きな時に泳ぎ、好きな時にドキドキを味わうために飛び込むことだってできるのですから。そのプールを、誰かを喜ばせるために美しいプールに仕立て上げ、誰かを喜ばせるドキドキとワクワクを味わうこともできるのです。

皆さんは、何にドキドキ、ワクワクしていますか?

皆さんのお子さんはどうですか?

未知のものに対する挑戦、できていますか?

 

 

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