うちは、今は20歳の長男のころから、今は小1の子供4人。今の家に住み始めてから13年。子どものたまり場となっていました。しばらく専業主婦だったこともあり、「大人のいる家に遊びに行く」というのが、普通でした。たまり場にしていたつもりはなくても、子ども達が集まる家でした。トイレが使えて、のどか湧いたらお水が飲めて、怪我したときは絆創膏はってくれて、たまにおやつが出てくる家だったから。
「子ども たまり場」で検索してみると、小学生たちのたまり場になって困っているというQ&Aがたくさん出てきます。
確かに、毎日土日も関係なく来られるのは迷惑。おやつやジュースを催促したり、雨でぬれた靴下のまんま上がってこられて迷惑とか、土日はゆっくり家族の時間をとりたいのにとか、うんうん。気持ちは確かにわかります。
私も、こうやって、子どもの居場所が大切なんだと書いたりしていますが、それでも、平日の放課後は時間も短いからまだいいのですが、土日、祝日、長期の休みとかになってくると、ご近所さんに迷惑なのもあって、困ったな~って思うことも正直あります。
でも、続けてきたのは、遊びに来てくれた子ども達が、みんなうちの子たちの友達になってくれたから。学区の違うところからくる子も、同じ学校の子でも、学年、学級も違う1年生から6年生まで幅広く。
おうちが子どものたまり場になると、何が困って、どんなメリットがあるんでしょうか?今日はそんなお話しをしたいと思います。
おうちがたまり場になって困ること
私が感じる、おうちがたまり場になって一番困るの事は、家族のプライベートな時間が無くなってしまうことでしょうか。
休日ぐらいゆっくりおきて、のんびりパンなんか焼いて、遅い朝ごはん食べて、コーヒー飲みながらゆっくり豊かな食卓を囲んでいる・・・
そんな瞬間、ピンポ~ン♪
「あ!もう〇〇が来た!」となることもしばしば。
休日の朝早くから遊びたくてやってきた子に、「ちょっとまって、うちまだこれから朝ごはんなんだ。まだ玄関で(または庭で)待っててくれる?」なんて話して、慌てて朝食を食べることもあります。
天気の悪い日なんかだと、子ども達はうちに来るまでに泥んこの中を歩いてくるので、玄関は泥んこ。梅雨の時期や、冬の、まだ雪の積もっていない時期なんかは、毎日泥だらけで、毎日雑巾で拭いています。
さらに天気が悪いとき、子ども達の靴の中までびしょ濡れってこともよくあります。そうすると、濡れた靴下で平気で家に上がり込むので、床も足跡だらけ。夏だと今度は裸足でサンダルはいて泥の中やってくるので、足の裏が真っ黒ってことも。
外で遊んでる分にはさほどストレスは感じないし、楽しそうで元気な子供たちの声に、むしろほほえましく思うぐらいなんだけど、今度は元気すぎてご近所さんに迷惑がかかったり。
雨や雪の日、家の中では、カルタやカードゲームやオセロなんかのボードゲームで遊んでいる子供たちも、だんだん飽きてきてやることなくなってくると、ボール投げやかくれんぼが始まり、家の中はひっちゃかめっちゃかになるのは、結構なストレスかも。そうなると、ゲームやっててくれたら静かでいいという親御さんの気持ちもわからなくもない。
そのうち、「お腹がすいた、まだおやつ食べてない」という子がいるかと思うと、せっかく出したおやつも「俺これ食えない」とか言って食べない子もいるし、中には勝手に台所を物色しにくる子もいたり。「ジュースないの?」って冷蔵庫あける子とか。
遊んだものをとっちらかしたまんま片付けないで帰っちゃうこともあるし。
自由すぎる子供たちに振り回されたり。
一般的に、子どものたまり場になって困るのは、うるさい、散らかされる、汚れる、っていうことがストレスになてくるようです。
それでもたまり場でありたい理由
小学生の子供たちを長いこと見ていて思います。
子供たちは、遊び場を探しています。
自由に遊べる場所。
安心できる場所。
楽しい場所。
自分達を受け入れてくれる場所。
だからこそ、そんな場所を見つけられたら、そこがたまり場になるわけです。
でも、そんな都合のいい場所、身近にあるでしょうか?
子供がたまればうるさくなるし、汚れるし、もの壊されたりするかもしれないとか、道路に飛び出してきたりしたら危ないとか。
そんな声に追いやられた子供達は行き場もなく、騒がず遊べるゲームに落ち着いてしまうのかもしれません。
子供たちがたまると、確かに騒がしくなるし、汚れるけど、私には、子供達の楽しそうに騒いでる声はHappyノイズに感じられます。
子供の声が響く地域は安心できる地域です。大人が寛容な地域だと思います。
世の中にはそうは思えない人がいるのは確かですが、子供たちが生き生きと子供時代を生きていく事を保証してあげたい。
温かく見守られ、地域の人たちに声かけられながら育った子どもは、そういう大人になるんです。
されたようにしかできないものです。
優しくされたから、人に優しくできる人になる。
あれは危ない、これはやめなさい、うるさいでしょ、人に迷惑かけないの!そうやって言われて育った子どもは、間違いなくそういう大人に育つでしょう。それが正しいことだと思わされて育ったのですから。
私が望むのは、子どもに優しい社会です。子どもに寛容な大人のいる地域です。そういう社会にしたいから、小さなちからかもしれないけれど、地域の中で子どもに寛容な大人でありたいと思うんです。
自分の子供たちが大人になり、結婚し、子供を持ったときに、安心して子育てできる社会を作っておきたい。
だから、我が家をたまり場にしています。見返りなんてありません。期待もしていません。この子達の未来が、優しいものであるようにと願っているだけです。
強いて見返りというならば、このたまり場にやってきた子供達が、素敵な大人になってくれること。人に優しい大人になってくれること。
そんな未来を描いています。