夏の冒険キャンプは生き物がいっぱい!~その2(捕まえて食べる)


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生き物いっぱいの川遊び。

川の深いところで魚の姿をたくさんみつけたものの、網で捕まえるのは至難の業。

深みで魚を捕まえるのをあきらめ、さらに奥へと行くことに。

天然のウォータースライダースポットに到着!

この流れが楽しすぎて、何度も何度も繰り返し流れます。

エンドレスです。

が、この後、この流れの中に魚を見つけ、網でさっと岩場にすくいあげ・・・

入れ物に入れてじっくり見ると、どうやらヤマメ!

その後、横から流れこんでいる冷たい支流の下の浅いところに、

大きい魚がいる!と、ママが発見!

網をかまえ、反対側から追い込み、

網に入った!!!

今回一番の大物!イワナです!

みんな大興奮です。

小さいヤマメは逃がしてあげてイワナは持ち帰って食べることに。

だいぶ暑い日だったけれど、しばらく全身水に浸かって遊んでいたら、

みんなブルブル震えだしていて、

大物もゲットしたし、そろそろ戻ろうか。

最後にもう一回水に浸かる!

さて、キャンプ場に戻って、着替えた後は、イワナを焼こうか!

立派~!!

中学生に魚の内臓をとってもらいます。

包丁が切れが悪いので、苦労していますが、

内臓が、買った魚と違って、ぷりっぷりで新鮮!

今の今まで生きてたんだもんね。

この後、パンパンな胃袋の中身を絞り出すと、

藻や、川虫がいっぱい出てきました。

みんなでまじまじと見て、「おぉ~!」と、なんだか感動。

その間に、火起こしチームは火をおこすのに挑戦!

最終的に、子どもたちに火おこしは丸投げ。

大人はテントのフライ張りと、中学生は魚の処理。

そして、なんとここでハプニング!

何かの拍子にもってきていたテントの骨が折れちゃったようです。

試行錯誤の末、添え木のような要領で、一時的な骨の補強をして、

何とかテント、復活しました!

テント復活してよかった~!て思っていたら、

火、起きてました!

そこで、さっそくイワナに塩ふって、焼きます!

お次は晩ご飯の支度です。

今回は、キャンセルも出て、少人数だったので、初めてキャンプピザ。

生地をのばしてもらって、

トッピングする野菜と、スープ用の具材も、中学生に切ってもらって

あとはそれぞれ、自由にトッピングして、焼きます。

一枚目は、焼き加減が分からず、クリスピーピザになりました。

うまい!

そうしている間に、イワナも焼き上がりました!

イワナ、うまっ!!めっちゃうまい!

出来上がったスープも飲んで、おなかが膨れたら、遊びタイム。

クルマバッタを捕まえ、

捕まえたバッタを焼いて塩ふって食べてみたり( ゚Д゚)!

そして、ダムの上までお散歩タイム。

子どもはやっぱり木を拾うんですね(笑)

ダムの上で、大きなフキの葉っぱみつけました。

トトロの葉っぱみたい♡

だんだん日が暮れてきました。

ホオの木の風車!ちょっとむずかしいけど、一応回った!

そして、夜への花火へと続く・・・。

夏の冒険キャンプは生き物がいっぱい!~その1


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先日、夏の冒険キャンプを開催しました。

今回もたくさんのびっくり、たくさんの生き物の出会いがありました。

キャンプの様子を何回かに分けてレポートします。

一日目は、30度を超す暑さで、川遊びに最適な日!

着替え用にテントをたてたら、もう汗だく!さあ、川に行くよ~!

気持ちいい~!!!

なんか、ここだけ水が湧き出てるみたい。なんかいるかな?

生き物パラダイス!多様な生き物たち

川の上流に蛍のえさになるカワニナ探しに歩いてみます。

早速カワニナ、発見!!上流にいっぱいいたよ!

コヤマトンボ!

ここで初めてつかまえた!カッコいい!!

カワヤナギにたくさんついていたのは、ヤナギルリハムシ。

小さいけれど、瑠璃色に光ってるきれいなハムシです。

ミヤマカワトンボのオスとメスが、ひらひらと飛んできます。

そして、なんと!

手づかみでカジカを捕まえちゃいました!

ダムの真下に来たら、大きなモクズガニ発見!

でも、残念ながら逃げちゃった!

さて、今度は下流のおさかなスポットに行ってみようか!

うっひょ~!ここ、深い!おなかまで濡れる!

あ!見て!

ママの足にトンボ!

なんと、ミヤマカワトンボがママの足にくっついて・・・

え!?

そのまま水に潜っていったよ!

なんで?って思ってよ~く見てると、なんと!

産卵してる?!

びっくりなことは、まだまだこれからも続きます。

 

夏の冒険キャンプ~川遊び&蛍キャンプ募集

今年も川あそびの季節がやってきました!
日中は川遊び。
夜はふわ~りふわ~りとぶ蛍を、眺めながらの暗闇探検。
着替えもたくさん持って、思いっきり川遊びしましょう!

冒険キャンプ詳細

【日時】
2023年7月8日13:00~9日15:00
【場所】
東北町(お申込みされた方に場所はお知らせします)
【対象】
6歳以上
(小学校3年生以上は子供だけの参加もOK)
【料金】
①デイキャンプ(晩ごはん)/小学生以上3000円
② 1泊キャンプ(8日晩ごはん、9日朝食、昼食)/小学生以上6000円
【募集定員】
子ども6名程度になった時点で受付を締め切ります。
(すでにお申込みいただいており、あと1~2家族程度で締め切ります)
【持ち物】
川遊び用に濡れてもいい靴、またはかかとのついたサンダル(かかとのついてないビーチサンダルなどは不可。大人も同様)、
テント、テントマット、寝袋、食器、はし、水着(または多めの着替え)、長袖長ズボン、靴下(夜の虫刺され防止に)、バスタオル、フェイスタオル、歯ブラシ、虫よけ、虫刺されの薬、飲み水、懐中電灯、あればキャンプ用の折りたたみ椅子。
虫網虫かご、日焼け止め、帽子は各自必要と思われる方。
※キャンプ場の水は飲用不可なので、各自飲み水をご用意ください。
※テント、テントマットがない方は、2セットまで貸し出しできますのでご相談ください。
※水着を持たない場合は、下着を含めた着替えは3セット以上必要かと思われます。
【その他】
お申し込み時に、参加者のお名前、生年月日、住所、電話番号、アレルギーの有無、何か注意すべき点があればお知らせください。

過去の夏の冒険キャンプの様子

川の生き物探ししたり

カワニナや川の生き物たちを観察したり

川の奥に探検に行ったり

水切りしたり

魚を捕まえようとしたり

夜になったら川辺でホタルを鑑賞し

たくさんクワガタに出会えた年もあった。

木登りしたり

スイカ割したり

こんな大きなカニに出会えた年もあった。

石でダムを作ったり

ちょっと流れのある所では、みんなで助け合いながら

美しい生き物に出会えたり

自分で釣り竿作って魚を釣ろうとする子もいた
野うさぎ捕まえた子もいた
何が起こるか、
どんな生き物たちに出会えるか、
それは、行ってみなければわかりません。
その年によって、出会うものが違うからです。
さあ、今年は何に出会えるでしょう?

ムックと子ども達


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今日、ムックが20年の生涯を終えました。

我が家に迎え入れてから、ずっとずっと

子ども達と共に過ごしてきたムック。

ほんとにありがとう。

ムックは保護犬でした。

ムックの周りにはいつも子どもたちがいました。

水が嫌いなムックは、庭で子どもたちが水鉄砲戦争を始めると、

迷惑そうに小屋の中に入っていくこともありましたが、

ムックと過ごした日々は、ほんとに楽しかった。

保護犬

ムックとの最初の出会いは、北里大学の犬部が開催していた譲渡会。

ただ子どもと一緒に見に行っただけのつもりが、「どの子にします?」

と聞かれて、「え、じゃあ、この子を・・・」

と、思わず答えてしまってからです。

それから急遽犬を迎える準備をし、犬の飼い方の本や、しつけの本を購入し、勉強しました。

茶色いこの子と、グレーの兄弟犬がいましたが、茶色いこの子を引き取り、

むくむくしてたからムックと名付けました。

こうして、20年前、娘と同い年のムックが我が家にやってきました。

子育てと、子犬のしつけの同時進行は、思った以上に大変でした。

吹雪の日の散歩も、まだよちよち歩きの娘をそりに乗せ、ムックを連れて散歩に出て、

そりの上で眠ってしまったり。

犬のしつけがうまくできなくて、お父さんを嚙んじゃったことや、ムックが成犬になってからは、力も強くなって、引っ張って歩く犬になってしまいました。

散歩中、おじいさんが引いてる大型犬と取っ組み合いの戦いをし、やっとのことで引き離したその時に、おじいさんに一言

「おめだの犬もやるな~!」(おまえんとこの犬も、なかなかやるな~)

と、言われたこともあったりして。

もう一匹の保護犬チビがきてからは、二匹で餌で争ったり、

リードが外れちゃって逃げ出したときは、奥の家に、どうにも相性が合わない犬がいて、真っ先にその犬とケンカしに走っていき、戦って流血して、平謝りに謝ったり。

なかなかどうして、たいへんなこともたくさんありました。

 

それでも、子どもたちが小さいうちは、犬ぞりで引いてもらって遊んだり、

犬の散歩といいつつ、子どもたちとたくさん外で走って遊んで、一緒に大きくなっていきました。

左がムックで、右がもう一匹の保護犬チビ。

チビは、冬に稲生川に落ちていたのを保護した犬で、5年前に亡くなりました。

チビもとっても面白い犬でした。

チビについてはこちらのブログに書いてあります。↓

https://ameblo.jp/sa-shindo/entry-12343587392.html

そして現在、三匹目の保護犬ラッキーが3年前に拾われて我が家にやってきました。

やんちゃなラッキーさんに怒ることなく、

しかたないな~って感じで接してくれていたムック。

ムックは、我が家の初代保護犬。

犬のいる暮らしは、ムックから始まったのでした。

子どもたちとムック

そして、長男が小学校の友達と遊ぶようになったころから今まで、ムックは子どもたちにとって癒しの犬となりました。

犬の散歩がしたいという子もたくさんいました。

「オオカミみたい」なんて言われながら、いろんな子たちがムックをなでていきます。

キャンプでも、お散歩に子どもたちが連れて行ってくれたり。

みんな、代わる代わる、俺ムック!とか言いながら、散歩してくれました。

ちびっこちゃんが来ても、おじいちゃんになってからは、されるがまま。

最近は、徘徊していたムック。

子どもたちが遊んでいるところにふらふらと入っていくけど、それはそれで、子どもたちもそういうもんだと思って、ムックが立ち去るのを待っててくれたり。

みんなの人気者でした。

時には、ムックなでながら、最近あったいろんなことを話してくれる子や、悩みを話してくれる瞬間もあって、そっか~、大変だね~。なんて話しながら、傍らにムックがいてくれたりするのです。

ありがとう、ムック

水が嫌いで、へっぴり腰で水をのむムック(笑)

たくさんたくさん、楽しい時間をありがとう。

 

 

2023年 春の冒険キャンプ募集!

今年の春の訪れは今までよりちょっと早いようですが、今年も春の冒険キャンプの季節がやってきました!
命が芽吹く春を感じる春の森に、ご一緒しませんか?
秘密基地づくりや、焚き火でマシュマロ焼いて食べたり、ハンモック、ロープの綱渡り、木登り、山菜採り、森の探検、粘土の採集、よもぎ摘み、お花のかんむり、おたまじゃくしの観察、夜は暗闇探検、草原に寝転んで星空を眺める・・・
森の春を、体いっぱいに感じましょう。
5/3の12:00から、5/4の15:00までの予定です。
キャンプする場合は、朝晩の冷え込みが予想されるので、しっかり防寒対策をしてきてください。

キャンプの詳細

【日時】
2023年5/3㈬12:00〜5/4㈭15:00
【場所】
東北町
※場所の詳細につきましては、
お申し込みいただいた方に後ほどお知らせいたします。
【持ち物】
3日の昼食は各自、長靴、長袖、長ズボン、着替2〜3セット、防寒、軍手、飲み水、食器、はし、歯ブラシ、タオル、おやつは各自。(アルコール飲みたい大人は各自持参)
※キャンプする場合は、キャンプ用品一式(テント、テントマット、寝袋、懐中電灯)
※子供だけの参加は、寝袋と、上記の持ち物だけでオッケー。
※テントがない場合はご相談ください。無料で貸出も若干あります。
【参加費】
①デイキャンプ(晩ご飯付き)/小学生以上3000円。幼児無料
② 1泊キャンプ(3日晩ご飯、4日朝食、昼食付き)/小学生以上6000円。幼児無料
【定員】子どもが6名程度になった時点で募集を停止します
参加される方は、お問い合わせメールにて
①デイキャンプか、②一泊かをお知らせください。
保険をかけますので、参加される方のお名前、年齢、住所、電話番号も合わせてお知らせください。
小学生以上であれば、子どもだけの参加もオッケーです。ただし、現地までの送迎をお願いします。
※水道が使えないため、お水はご持参ください。
※トイレも一応ありますが、きれいなトイレではありません。

これまでのキャンプの様子

最初は、森で遊んだり、焚火用の薪集めたりしながら、参加者みんなが集まるのを待ちます。

全員揃ったところで、いざ、森の探検!

山菜とったり、生き物探したり。

崖から粘土採集するのも忘れない。

採ってきた山菜は、キャンプ場に戻ったら、早速調理。

晩御飯前に、味見でどんどんなくなります。

子どもたちは、テントたてたり、晩御飯作ったり。

調理用に火起こししたり、木を切ったり。

火が起きたら、早速お鍋を火にかけ、煮込んでいる間に、

採ってきたタケノコを横で焼いて、

焚火で焼きタケノコや焼きマシュマロのおやつタイム。

焚火でぐつぐつ、煮込まれていきます。

この日は、タケノコ入りカレー。

つんだヨモギで即席ヨモギ団子もおやつで作ったり。

晩御飯も食べて、日が暮れていく頃、粘土をこねて、

焼きものづくりをしようという子ども達。

素焼きのお皿?

焚火に当たりながら、空を見上げれば満天の星。

原っぱに寝っ転がって星を眺めます。

二日目。

朝、焚火に火をつけるところからスタートして、

森の探検に、秘密基地づくり。

弓矢も作ってみました。

昼食の後は、片づけている間に、

野球やったり、森で遊んだり、木登りしたり、それぞれ好きなように過ごします。

体で地球を感じる瞬間

こんな楽しい春の森。

春の森は、おいしくて、おもしろい!

いろんな命がうごめいて、変わらず春には芽吹いてくれる植物たち。

朝にはにぎやかに鳴きかわす鳥たちの声。

わたしたちは、こんな、いのち溢れる星に住んでいる。

草っぱらに寝転んで星空を眺めれば、地球の上に寝転んで、地球と一緒にまわっている自分に気が付いたり。

 

体で感じるこの世界。

たくさんの子どもたちに感じて欲しい。

子ども時代に挑戦してますか?

このブログでは、とにかく、子どもたちにリアルな体験を!

自由な時間が必要。遊びが大事!

そういうことを伝え続けてきました。

遊びの本質は、これやったらどうなるんだろう?

これをやったら面白いかな?

そういうドキドキとワクワクであると思っています。

知らない世界は「怖い」

子どもたちは、地域の自然の中で遊んでいますか?

そして、どのぐらい地域のことを知っているでしょうか?

 

どんな生き物がいる?

どんな花が咲いてる?

空気のにおいは分かる?

鳥は鳴いてる?

虫の声が聞こえる?

季節の巡りを感じられる?

田んぼの水はあったかい?冷たい?

川の水は、田んぼの水とどう違う?

庭や近所の草むらと、野山では見つけられる生き物に違いがある?

生き物がたくさんいるところはどんな場所?

食べられる植物、木の実を知ってる?

子どもたちは、そういうことが体験的にわかってくるぐらい、外で遊んでいるでしょうか?

身近な自然に触れ、自分の住んでいる地域が、どんな環境なのか。

心地いいのか。

危険なのか。

そういうことを、体で感じていくことが、生物として必要な感覚なのではないかと思っています。

子どもが発達する段階として、まず初めに五感で感じます。

見る

触る

なめる

匂いをかぐ

音を聞く

五感の中で使える感覚全てを動員して、自分が生きる世界は、心地いいのか、身の危険があるところなのかを感じ取っていきます。

さわったり、なめたりしながら、快か不快かを感じていきます。

最初は、ただただ五感で感じる時期です。

かたい、柔らかい、チクチク、ザラザラ、軽い、重い、冷たい、熱い、甘、辛い・・・など。

熱いものを触った時、お母さんが、「あ、あっちっちだね~。」という言葉がけをすると、感覚と言葉が結びついていくわけです。

そして、握る、振る、落とす、たたく、かじるなど、動作を表す言葉も同時に、お母さんの声掛けから覚えていきます。

体を使った感覚が、すべての根底にあります。

そして、人は、経験していないことを「怖い」と感じます。

それは、未知の世界にどんな危険があるかもしれない、危険から身を守るための本能です。

小さなころから草原で遊び、虫や生き物たちと触れ合ってきた子は、虫が出てきてもあまり「怖い」とは思いません。むしろ、コンクリートや、塀で囲まれた清潔な空間の中しか知らない子は、予測不能な動きをする虫が「怖い」と感じる傾向があると思います。

知らないものは怖いのです。

でも、それがどんな動きをするのか、刺すのか、刺さないのか、危険はないのかがわかっていれば、怖くないんです。

未知のことへの挑戦

昨年の秋、子どもたちがカナヘビを捕まえてきました。

実際捕まえてみて、カナヘビは噛まない。比較的おとなしい。

そして、案外かわいい。

私も、カナヘビを飼うのは初めてだったので、まずは、何を食べるのか、図鑑を見ました。

クモ、ミミズ、バッタ、コオロギなんかを食べるようだと分かりました。

子どもたちも、寒くなる前は、毎日草原で餌取りし、あげる日々。

クモは嫌いだという子もいるけれど、カナヘビのご飯だと思うと、嫌な顔一つしないでせっせとクモをとってきてくれていました。

でも、あげてすぐ食いつくエサと、中に入れててもちっとも食べないエサがあるんですね。

どうも好みがあるらしい。

そして、三匹いるけど、それぞれ、よく食べる奴と、あんまり食べない奴がいる。

個体差があるんですね。

そういうことは、飼ってみて初めて分かることです。

ところが、困ったのは冬場です。

さて、どうしたものか。

ヒーターやライトを入れて、冬場もエサやりし続けて飼うか、冬になる前に逃がしてあげるか。冬場も飼い続けるにはコストと手間がかかる。逃がしてあげるか。

そう思ったとき、ふと思ったんですよね。

野生のカナヘビは冬眠すると。冬眠中は雪の下の土の中で、できるだけ代謝を落として食べなくてもいいように眠って春を待つのだと。

ネットをいくら検索しても、冬眠させてる人の情報は出てこなかった。

でも、雪の中は、意外と暖かくて、0度以下にはならない。雪国では、雪室というものがあって、外気が氷点下であっても、雪室の中は0度前後をキープできるんですよね。

ということで、虫かごのまま外に出したら、氷点下で死んでしまうだろうし、冬でも0度以下にならない場所は・・・ってことで、冷蔵庫に虫かごを入れて冬眠させることにしました。

変わりがあるかどうかわからないけど、雪の中にいる感覚に近いように、プチプチで包んで、中にもプチプチ入れてみました。

ただ、調べてみると、冬眠中も、時々水分をとっているらしいということで、乾かないように時々お水をかけてあげながら、一冬・・・・。

お水をあげるときに、生存確認。丸まって、ちゃんと生きてるみたいです。

先日、雪も解けて温かくなった日に、冷蔵庫からだして、日光浴!

生きてました!

なんだか感動です!

これも、

①土の中で冬眠しているカエルを掘り起こしたことがある。(寒いところなら冬眠させられるかも?)

②雪で作ったカマクラの中は温かい(雪の中は0度以下にならない)。

③物置に置いておいたリンゴは凍ってる(氷点下に放置するのは危険)。

という経験があったから、外に置いといたら凍って死んでしまうかもしれないけど、冷蔵庫の中に入れてみたら冬眠できるんじゃないか?という発想に行きついたわけです。

さて、無事、冬眠から目覚めたカナヘビたちにはエサが必要です。

さあ、これからまた、エサ探しが始まります。

知らない世界は怖い、でも、ワクワクする!

たった、カナヘビの冬眠させる、という未知のことに挑戦するのも、実はちょっと怖いのです。もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない。

そしたら、冬の前に逃がしてあげた方がよかった。自分がこの小さな命を殺してしまうかもしれない。

でも、それ以上に、うまく冬眠させられるかもしれない。

そしたら実験大成功じゃないか。

冬眠中の様子も観察できるし、何より、春、冬眠から覚めた時のことを考えると、何とも言えずワクワクするのです。

やったことないことは怖い。

失敗を恐れるなら、やらないほうがいい。リスクもある。

でも、それより、挑戦したときのドキドキとワクワクを味わいたい、という気持ちが勝つから、挑戦しようと思える。

挑戦しようと思えるのは、この、

未知の領域に足を踏み入れるドキドキ(怖いもの見たさに近い)と、

挑戦したことによって得られるであろう達成感に対する期待のワクワク

を知っているからなんだと思います。

それには、小さなころから、小さくても、たくさんたくさん、未知のものへの挑戦と失敗と成功を繰り返している必要があります。

ハイハイしていた子どもが、つかまり立ちし、手を放して一歩踏み出すような、そういう瞬間をです。

一歩踏み出したときに、周りの大人が、手をたたいて、満面の笑みでその挑戦と成功を喜んでくれる。それは、小さな子どもにとって、この上なくうれしく、誇らしい瞬間なのだと思います。

またその瞬間を味わいたいんだけど、一度できてしまったことは当たり前になってしまい、喜びや感動がなくなってしまう。その後も、あの感覚を味わいたくて、たくさんたくさんいたずらという名の挑戦をするんだけど、あるとき、「あれ?これは喜んでくれないぞ」と気づく。

いろんなことに挑戦しようとするんだけど、「これはばっちいからダメ」「だめだめ、それは触らないで」「これはあぶないからダメよ」と、周りの大人から危険や、やってはいけないことを学習をしつつ、挑戦するものがどんどん目の前からなくなっていき、かわりに、安全で安心なものばかりで周りを埋め尽くされ、どっぷり安心安全な柵の中の心地よさに慣れていってしまうのです。案外、これも悪くないなと。

もちろん、命の危険に関わるものは、絶対だめよと守ってあげる必要はあります。

でも、その守りの柵が、あまりにも守られすぎてて、ちょっと自分の能力以上のことへ挑戦する機会すら奪われてしまってはないだろうかと思うのです。

プールで泳ぐのは好きだけど、海で泳ぐのは怖い。

予測できる範囲の中では安心だけど、予測不能な大海原の真ん中で海に飛びこむのは怖い。

そういう気持ちは分かります。本能ですから。

だけど、広い海に出て初めて見える世界があるのも確かです。

広い海だからこそ出会えるものがある。

プールの中で満足して終わるか、広い海に飛び出してみるか。

ただ、どちらがいいも悪いもありません。安心なプールで好きな時に泳ぎ、好きな時にドキドキを味わうために飛び込むことだってできるのですから。そのプールを、誰かを喜ばせるために美しいプールに仕立て上げ、誰かを喜ばせるドキドキとワクワクを味わうこともできるのです。

皆さんは、何にドキドキ、ワクワクしていますか?

皆さんのお子さんはどうですか?

未知のものに対する挑戦、できていますか?

 

 

私たちは共生することを選んできたいのち

最近思っていること。

私たちは、他者と関わりあい、共生する存在であるということ。

今日はちょっと長文ですが、お付き合いください。

 

私たちは、「いきもの」ですよね?

ほかに「いきもの」をできるだけたくさん上げてください。

と言われたら、あなたは何を思い浮かべますか?

ゾウ、キリン、ライオン、クジラ・・・大きな生き物から、

犬、猫、馬、牛、豚、鳥・・・身近ないきもの。

タコ、イカ、サンマ、サケ、マグロなど、海の中のいきもの。

カブトムシ、クワガタ、バッタ、トンボ、カマキリ、蝶、アリ、テントウムシなどの昆虫。

カエル、トカゲ、ヘビなど、爬虫類、両生類。

ハエ、蚊、ゴキブリ、蜘蛛、ナメクジなど、嫌われ者。

ミミズやゲジゲジ、ダンゴムシ、ムカデ、ミルワームなど、土の中にいる生き物。

ミジンコやゾウリムシ、アメーバー、ミカヅキモなどなど、水の中にいる微生物。

植物だっていきものです。

カビ、酵母、キノコだっていきものです。

大腸菌や乳酸菌、ビフィズス菌のような最近だっていきものです。

「いきもの」とは何でしょう?

生物学という学問の中での定義では

(1) 外界と膜で仕切られている

(2) 代謝(物質やエネルギーの流れ)を行う

(3) 自分の複製を作る

それが「いきもの」です。

私たちも、いきものの一種ですよね。

冒頭でたくさんの「いきもの」を思い浮かべていただきました。

細菌や微生物から、虫や動物、植物まで、たくさんの「いきもの」がいましたね。

私たちも、その、いきものの中の、脊椎動物の中の哺乳類の中の人間です。

「私たち」とは、どこからどこまでか?

さて、そんな「いきもの」である私たちですが、

私たちが「私たち」というとき、どこからどこまでが「私たち」だと思っていますか?

私たち家族。

私たち学校の友達。

私たち職場の仲間。

私たち市民。

私たち県民。

私たち日本人。

私たち人類。

私たちいきもの。

おそらく、人それぞれ、その時々によって、「私たち」の定義は変わると思います。

けれど、「私たち」と言うとき、私は常にその中に含まれていますよね。

私だけこの丸の外にいて、丸の外から「私たちは・・・」などとは言わないのです。

もちろん、例えば、「私たち日本人」と言ったときに、「私」の数だけ、たくさんの「私たち家族」がそれぞれこの丸の中に存在します。

現代、「私たち」と言うとき、その、たくさんの「私」や、「私たち家族」が、それぞれ独立して分かれていて、そのつながりが見えない状態になっているのではないかと思っています。

それぞれの家族は核家族化しているし、家族の中ですら、「私」だけが孤立している場合もあります。

それぞれの国も独立してますし、貿易、交流してるとはいえ、他の国を脅かす戦争もなくなりませんね。

それって、それぞれが考える「私たち」の範囲が、とても狭いのではないのかと思うのです。

「私が良ければそれでいい?」

例えば・・・

*私は車で急いでいた。なかなか車が途切れず、吹雪の中、道路が渡れなくて困っている人がいた。私は車を止めてその人を渡してあげる?それとも、誰かが止まってくれるだろうと、自分は急ぎ通り過ぎる?

*のどが乾いたら、自販機でジュースを買った。歩きながら飲んでたけど、カバンがないからゴミ持って帰るの面倒。ゴミ箱もないし、いいや。ここに置いちゃえ。きっと誰かが片付けてくれるでしょ。・・・誰かって、誰?そのまま風に飛ばされて、川に落ちたら、そのまま海へ・・・。

「私」の考える「私たち」のなかに、地域の人は含まれている?

「私たち」のなかに、海や川で暮らす生き物たちは含まれている?

ゴミを片づけてくれる誰かは、「私たち」に含まれていない?

 

「私たち日本人が良ければそれでいい?」

例えば・・・豊かな暮らしが当たり前で、100均や、安売りは家計にも優しいよね。でも、その安い商品の裏側で、安い賃金で過酷な労働をせざるをえない人たちがいるのも知ってる。環境を破壊していることも知ってる。

でも、安い商品は、経済的にも助かるし、仕方ないとも思ってる。

ほんとにそれでいい?

「私」の考える「私たち」のなかに、他の国の人は含まれていないの?

「私たち」が便利で快適に暮らすために、見えない他の国の人が困っていても、関係ない?

 

一方的な関りではダメなんです

それぞれが、一方的ではなく、相互に関わりあえる関係になった時、私たちは心地よさを感じたり、楽しさを感じたり、幸せを感じたりするのではないでしょうか?

例えば、私たちが楽しいと感じたり、ワクワクしたりするときは、「私」の中からやりたいことが沸き上がって、実際やってみたら楽しいですよね。

でも、反対に、「私」の外側から、他人があれをしなさいこれをしなさいって、命令されてやるのは楽しくないですよね。

ベクトルが、自分から外に向いてるときは楽しくて、外から自分に向いてるときは楽しくない。

でも、ベクトルを常に外に向けてばかりだと、それぞれのベクトル同士が反発しあって、対立してしまうこともあります。あっちのやりたいことと、私のやりたいことが正反対だったら、対立しますよね。

「私は遊びたい」⇔「お母さんは遊んでないで勉強しなさいと言う」というように。

「私が楽しい」という状態になるには、「私たち」それぞれが相互に関わりあって、お互いの心地よい着地点を見つける必要があるのだと思っています。

あくまでも、自分の内側から外にベクトルは出ているのですが、気持ちの中では、相手はどう思っているのかな?自分がベクトルを向けたその先に、困っている人はいないかな?と、「私」の外側の世界に思いを向ける必要があるのです。もし、そこで対立が生まれるようだったら、やり方を変えたり、折り合いをつけたり、歩み寄ったりする必要がでてくるのです。

どちらかにだけ不利益が生じないように。

相手に不利益を生じれば、いつか自分に痛い思いとして帰ってくるでしょう。

例えば、私たちは、木を伐り、森を削り、経時的に発展してきましたが、それは、森の木々や、そこに暮らす動物たちにとってはうれしくないことですよね。その結果として、土砂崩れの多発や、温暖化の加速にもつながっているのかもしれないし、森が水を貯える能力を失うから、夏に水不足が起きたりする。森の食べ物がなくなるから、熊が里に下りてきて、獣害にあったりもして、結果的に私たちが困ることになっています。

でも、もし、木を切るときに、そこに住む生き物たちも、この地球に暮らす「私たち」の仲間だよねって思えたなら、森を皆伐することはしないだろうと思うのです。「私たちが使う分の木を、ちょっと分けてくださいね」っていう、宮沢賢治の世界のような心持ちを持っていたなら、こんな世界にはなっていなかったのだと思うのです。

私たちは一つのいのち

私たち人類の起源をたどってゆくと、アフリカにたどり着くという説があります。

でも、人類の始まりが、アフリカのホモ・サピエンスからだだったとして、アフリカの人類の始まりの、さらにその前にず~っとさかのぼっていくと、今から46億年前に地球が誕生し、38億年前に、突如海の中に生命が現れました。

32億年前に光合成をおこなうシアノバクテリアの誕生。その後、シアノバクテリアが大量発生し、地球には酸素が大量発生します。その頃、酸素は小さな細胞にとっては毒でした。

21億年前、酸素を使うことができるミトコンドリアや葉緑体をその体内にとりこみ、酸素の毒から身を守る大きな細胞が生まれました。ほかの細胞と共生した真核生物の出現です。

そうやって、酸素を利用できる細胞を取り込みながら、どんどん大きな細胞が出来上がっていきます。

細胞が集まり大きくなると、目に見えるようになります。

カイメン、貝やヒトデ、エビの仲間の登場。目ができ、海の中は、食べるもの、食べられるもの、追うものと逃げるものが一緒に生きる世界になっていきました。

次に背骨を持つ生き物が生まれ、

今から5億年前、水から陸へ上がる大冒険が始まります。

そうやって進化してつながってきたいのちは、今の私たち自身につながっています。

 

生命の誕生から地球の命の歴史を振り返ると、私たちは、みんな、どのいのちも、一つのいのちから始まったことになります。

私とあなたは、昆虫も犬も、ゾウも、鳥も、魚も、微生物も、細菌も、おなじ地球上のいのちとして、たったひとつのいのちから始まったいのち。

 

ここで再び問います。

「私たち」とは、どこからどこまでが「私たち」なのでしょうか?

私たちは、異なる細胞と共生する道を選んできました。

言い換えれば、共生することで生き延びてこれたわけです。

 

共生するためには、他者と、一つの共同体になる必要があり、助け、助けられ、思い、思われ、つながり続ける道を選んできた生命が、私たち人類であると、思えないでしょうか?

私たちは自然の一部であることを感じてほしい

私たちは、地球の一部であり、自然の一部であり、生き物の一部である。

今回、こうやって文章として見てみて、

あぁ、そうだよな。

と、感覚的に腑に落ちる人と、言ってることは分かるけど、きれいごとだよと思う人がいるのではないかと思っています。

この感覚が分かる人は、少なからず、自然の中に身を置いて遊んだり、楽しんだりした経験のある人ではないかと思っています。

ネットの情報、教科書や本のなかで勉強してきただけの知識ばっかりだと、感覚として腑に落ちることはないのではないかと思うのです。

この感覚は、やはり、自然の中で遊んできたから感じる感覚です。

自然と共に暮らしてきたからこそ感じられる感覚です。

移り変わる季節。食を通して感じる季節。遊びを通して感じる自然。自然の中に息づく命との出会い。

五感を通して感じることは真実です。

頭で理解することには間違いもたくさんあります。

自然とつながる体感を、どうぞこどもたちに味合わせてください。

わたしたちは、切り離された、独立した存在ではないのです。

私たちは自然の一部であることを感じてほしいと願っています。

 

 

 

リアルな体験を子どもたちに!


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小学生の約8割が外遊びをしていない――

そんな調査結果が、千葉大学園芸学部教授の木下勇さんの研究室による調査で明らかになっています。

わからないことは検索すれば、すぐに答えがわかる時代。

実際に虫捕りしなくても、昆虫採集の動画や、昆虫の産卵のさせ方、育て方のコツ。調べたらなんだって出てきます。

うちにカブトムシがいると話したら、「カブトムシはどこのホームセンターで買ったの?」と聞かれることも。

ほしい昆虫は、買う時代ですからね。

自分でカブトムシのいそうな木を探してみたり、ここならいるかも?って野生の感を働かせるような場面は少なくなってしまったのかもしれませんね。

なぜ外遊びが減ってきたのか

調査は、2016年10月から18年12月に実施されました。千葉市と宮城県気仙沼市、群馬県みなかみ町の3市町の小学生計2433人に平日に外で遊ぶ日数を聞きました。

都市の千葉市では78%が「0日」と回答。高学年では87%に上りました。平日放課後に遊ぶ友達の人数も聞いたところ、「誰もいない」が14%、「1~2人」が55%でした。

地方都市の宮城県気仙沼市でも、平日放課後に外で遊ぶ日が「0日」の子は76%平日放課後に遊ぶ友達は「誰もいない」が18%、「1~2人」が29%でした。

地方の農村部である群馬県みなかみ町では、平日の外遊びが「0日」の子は60%いました。遊ぶ友達が「誰もいない」は20%、「1~2人」が42%で、都市部以上に近所に気軽に遊べる友達が少ない状況が浮かびました。

外遊びをしない理由は、「塾や習い事があるから」がもっとも多く、34人。「通学に時間がかかるから」「外遊びをする友だちがいないので、遊びたくても遊べない」といった声もありました。

1・(塾や習い事で)忙しくて遊ぶ時間がない

2・遊ぶ友達がいない

3・都市化により、遊べる(騒いだり、走り回ったり、ボール遊びしたりする)場所がない

4・スマホやタブレット、ゲームなどが子どもたちの日常アイテムであること(一人でも時間を過ごせてしまう)

5・普段は学童保育に預けられている子が多い

6・地域とのつながりが希薄になっている

上位の1,2,3は、いわゆる3間がないというように言われています。3間とは、時間、空間、仲間のこと。

そのほかに、親世代がそもそも自然で遊んだ経験が少なく、自然の中でどうやって遊んだらいいのかわからないし、手っ取り早くテーマパークやワークショップなど、すべてお膳立てされているところに連れて行くほうが楽だし安心、という事情もありそうです。

リアルな自然体験が子どもたちにもたらすもの

世帯収入にかかわらず、自然体験の機会に恵まれていると、その後の経済状況に左右されることなく、その後の成長に良い影響がみられることが調査で分かっています。

自然体験の機会の多い子ほど、自尊感情が高い傾向にあるようです。

収入水準が高いグループ

・自然体験が少なかった子 27.9点

・自然体験がやや少ない子 28.5点

・自然体験がやや多い子 28.9点

・自然体験が多い子 29.5点

収入水準が低いグループ

・自然体験が少なかった子 27.4点

・自然体験がやや少ない子 27.6点

・自然体験がやや多い子 28.4点

・自然体験が多い子 29.6点

令和2年度 青少年の体験活動の推進に関する調査研究 報告パンフレット(概要) (mext.go.jp)

【資料6】青少年の体験活動の現状について (mext.go.jp)

自然体験が子供の成長にとってよいものであるということは、この追跡調査によっても明らかになっています。

自尊感情向上のほか、道徳観、正義感、コミュニケーションスキル、課題解決スキル、健康管理スキル、礼儀、マナーがある、という傾向がありました。

平成13年に出生した子供とその保護者を18年間追跡した調査データを用いて、時系列的な観点から、体験活動がその後の成長に及ぼす影響を分析した結果です。

リアルな体験の中で生き生きとする子供たち

この夏休み、毎日のように集まってきた子供たちは、午前中はだらだら友達としゃべりながら、時にはボードゲームやかくれんぼしながら過ごし、「午後どっか連れていける?」という日々。

「どっかって、どこに行きたいの?」「何がしたいの?」

「生き物探しなら、水の生き物か、昆虫か?」

「水遊びだったら、川か海か、湖か?」

「海だったら、ちょっと遠いけど、○○行けば、カニ捕まえたり、磯遊びもできるし、海でも泳げるよ」

「泳ぐだけでよければ、近い海もあるよ」

「小河原湖で湖水浴でもいいよ。浜台だったらカヌーだせるし、しじみ採りもできるよ。ヌマエビ捕まえるなら、道の駅近い方がいいかな」

「昆虫探しだったら○○の森がいいかな」

っていう具合に、子供たちに、今日は何をやりたいのか聞いて、虫捕りだったらあそこかあそこ。川だったらあそこかあそこ。川遊びと昆虫探しだったらあそこ。

そんな提案をしながら、午後行きたい場所を決めてもらっていました。

「今日は早く帰らなきゃないから、今日は近場で、駒っこランドでいいや」

「今日は温水プール行きたい」

そんな日もあります。

子どもたちが、今日は虫捕りの気分なのか、川遊びの気分なのか、海の気分なのか、プールの気分なのか、それによって行き先を決めるわけです。

磯遊びの海以外は、どこもだいたい家から車で30分程度で行ける距離。

午後1時に集まってきて、18時前に帰ってきます。

そんな風に、今年も遊びつくした子供たちの様子です。

★磯遊びで昆布を巻き付ける

★岩の上から海に飛び込み

★海の生き物探しでは、カニやおさかな捕まえる

★釣り

★川遊びで魚探し。モクズガニも発見したけど逃げられた。

★川で見つけたミヤマカワトンボ

★川遊び

★川で足がつかないほどの深みに飛び込み

★笹船作って流す

★湖水浴の後、虹を見ながら水切り

★初カヌー。右、左、右、左、左、左、左・・・

★カヌーからの飛び込み。みんなで前宙や、バク宙での飛び込みにも挑戦。

★寒くなったら焚火でマシュマロ焼き

★もぐってしじみとり。翌朝、砂出ししたしじみスープが激うま!

★キャンプ飯づくり(玉ねぎが目にしみる!一人は完ぺきな防御!)

★夜の雷。対岸の雷。ものすごく美しいけど、怖い。

★焚火で過ごす夜

★遊び疲れて早々にテントで眠る

★生き物探し・水の生き物編

★ミズカマキリにヒメゲンゴロウ、コオイムシやトンボのヤゴ

★カエルのビオトープには、アマガエルとトノサマガエルが五匹。餌にはコオロギやバッタ。

★アマガエルがめちゃくちゃかわいい

★脱皮したてのカマキリを庭で発見

★夏休み中に脱皮を何度か繰り返し、最後の羽化で成虫になったカマキリ

★クロスジギンヤンマが羽化したけれど、落ちて、羽化に失敗してしまった。

★羽化に失敗したクロスジギンヤンマは、カマキリのえさになりました。

★アブラゼミの幼虫が羽化するところをじっくり観察。

★虫捕りで木登りも

★3年ぶりのお祭りシーズン!!八戸三社大祭

★弘前ねぷた祭り

★青森ねぶた祭

★五所川原立佞武多

★花火大会

★地域のお祭り的な、おじいさんの実験ショー

★プレーパークでものづくり

★家庭科の宿題だけど、バンバンジーと、ご飯とみそ汁。息子一人でつくりました。

★新幹線と電車を乗り継いで、北海道日帰りプチ一人旅

こうやって見てみると、遊びつくして、いろんなことを体験しつくした夏休みでした。いっぱい笑って、いっぱい走って、いっぱい泳いで、いっぱい虫とって、いっぱいいきもの見つけて、いっぱい遊んだら「腹減った~!!」ってセルフかき氷やスイカ割りやおやつ食べて、おなかが満たされたら、「今度は鬼ごっこしようぜ~!」って、また走って。

17:55になったら、「やべっ!もうオレ帰る!」って帰っていく毎日。

子どもたちが、本当に楽しそうで楽しそうで。

虫捕り、海で磯遊び、湖水浴、カヌー、川遊び、釣りをして、釣った魚を食べる、しじみ採りしてしじみを食べる、生き物探し、焚火、料理する、キャンプ、雷を見る、水切り、虹を見る、木工、実験、地域のおじいさんおばあさんとの交流、お祭り、花火、スイカ割り、一人旅、昆虫や生き物を飼ってエサやりと観察、木登り・・・。

リアルな体験でいっぱいの夏休み。

青森の夏休みは短くて、今日で夏休みも終わりです。

「あ~!面白かった!」

って、夜はバタンキューで眠り、朝は6時には目覚める、健康的な毎日。

これぞ夏休みです。

今年は、6年生の友達はほとんど中学受験のために塾に行くようになり、去年とは違うメンバーで過ごすことが多かった夏休み。

ああ、子どもたちみんな、自由にしてあげたいな~。

こんな夏休みを過ごさせてあげたい。

塾通いのお友達を思うと、ちょっぴり切なくなります。

大人の役割

子どもたちに、リアルな体験をたくさんしてもらいたい。だけどどうしていいかわからない。

そんな親御さんもいるかとは思いますが、大人の役割として、こうであってほしいと思うことがあります。

それは、何をやるかは子どもが決めること。

そして、大人は、やり始めた子どもの邪魔をしないこと。

子どもが決めたら、できる限り、それを実現させる方法はないかと考え、サポートすること。

自分でできないときは、人に頼ること。お願いすること。

子どもの希望も聞かずに、自然の中にただ、自分の子どもを一人連れて行ったところで、「さあ、遊べ」と言われても、子どもも困ります。

友達を誘って一緒に連れていくとか、誰かにお願いして連れて行ってもらうとか、集団で遊べるようにしてあげることも実は大事です。

友達と一緒なら、どこへ行っても、何をしても、楽しいのです。

その場合、大人は、ただ見守るだけで大丈夫です。

自分の子ども一人だった場合は、親も一緒に楽しむ必要があります。こんな楽しみ方があるよ。こんなの見つけたよ。一緒にこれやってみようか。って、子どもとその楽しみを共有する必要があります。

 

子どもには、楽しさを分かち合う人が必要なのです。

感動を分かち合う。

怖さを分かち合う。

体験を共有することで、子どもたちの記憶に残っていきます。

 

親子で虹を見たら、一緒にきれいだね~と感動してください。

親子で昆虫を見つけたら、「お~!すごいね!かっこいいね!おもしろいね!」と、一緒に昆虫を観察してください。

大人は、子どもたちと感動を共有するために、見守っていてください。

 

 

 

 

 

子どもの未来に何を残したいのか?そのために何をするべきか?

この青森県も、どんどん子供の数は減っています。

2021年の出生数は6589人。2020年は7005人だから、416人前年度より出生数は減っています。その前の年は前年より318人減。さらにその前の年は620人減です。

息子の通う学校の今の子どもの数は343人だから、一年に学校一つからなくなってしまうぐらいの数の子どもが減っているということです。

毎年学校一つがなくなってしまうぐらいの世界。

にもかかわらず、児童養護施設などに入所している 社会的養護児童数は340人(平成31年データ)。

子どもの貧困や虐待も問題になっています。

困窮家庭、周辺家庭(低所得、家庭のひっ迫、子どもの体験や所有物の欠如の二つ以上該当が困窮家庭、一つ該当が周辺家庭)二つ合わせると31.4%の家庭が、何かしらの貧困状態を感じています。(子どもの貧困率とはちょっと違いますが)

昨年の青森県の児童虐待の相談件数は1700件

内訳は、暴言や子どもの前で配偶者に暴力を振るうなどの「心理的虐待」が929件

暴力を振るう「身体的虐待」が420件、

子どもの面倒を見ない「ネグレクト」が325件、

性的虐待が19件となっています。

そして、青森県内で令和三年の少年(20歳未満)の自殺者は7人

青森県だけ見ても、ため息が出るような世界。

子どもたちは大切にされているのだろうか?

 

子どもが走りまわって興奮して大声を上げることもある。だけど、子どもの声がうるさいと言われたり、ここで遊ばせないでと言われたり、そこは危ないから遊んじゃいけないと言われたり、子供が自由に奇声を発して思いっきり遊べる環境は、身近なところにはなくなってしまいました。

今どきの子供は、習い事も多く、自分だけの自由な時間がなかったり、だらだらしたり、ボーっとできる時間も少ない。遊びたくても自分と同じ時間に遊べる時間がある子がそもそもいない。

コロナのこともあって、ストレスもたまりがち。巷では子供のストレス発散グッズが人気だとか。

ただでさえ少なくなっていく子どもの数に、自由に遊べる場所も時間もない。仲間もいない。

子供だけじゃなく、大人も同じ。

ストレスフルな毎日に、癒し系動画やストレス解消グッズに頼らなければ心が休まらない。

私たちは、そんな世界を子どもたちに残したかったのかな?

本当に残したかった世界は、こんな世界じゃないよね?

子供の自己肯定感が世界的に見ても低い日本。

今、子どもたちはほんとうに幸せなの?

あなたが子どもたちに残したい財産は?

そんな質問に対して、多くの方がお金ではないものをあげています。(もちろん、家やお金という回答もありますが)

「思い出」「手紙」「日記」「人間力」「一人で生きていく力」「人とつながる力」「環境」

「愛情・平和・時間」「親の生きざま」「親としての姿」「火事や泥棒にあってもなくならない知識や教養」「地球と明るい未来」「笑顔」「生きる力」「田園風景」「丈夫な体」「文化的価値観」「愛すること、愛されることのすばらしさ」「信じること信じられることのすばらしさ」「人と人のつながりの大切さ」「この世に生まれたことを誇りに思って生きて欲しい」「自然の移ろいに心を動かされるような感情、当たり前のように過ごしている日々が実は大変幸せなこと」「何があっても立ち向かえる精神力」「小さな幸せ」「家族との思い出」「でっかい夢と大きな愛情、そして少しだけお金」「生きてるうちに伝承できるもの」「愛されていた思い出」・・・

そういう無形のものを残したいと思う親御さんが非常に多いんですね。

では、実際に、そういうものを子どもたちに残しているでしょうか?

残す努力をしてるでしょうか?

太陽光パネルや風力発電のための大規模な森林伐採で、地元の山は悲しい状態になっています。

海岸はプラスチックがいっぱいで、海も悲しい状態です。

美しい自然環境を子どもたちに残したいけれど、ちゃんと残せている?

子どもを信じてあげられてる?

目に映る子どもたちは幸せそう?

そうでないとしたら、何ができる?

何を変えたらいい?

「見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい」 
-マハトマ・ガンジー

こんな世界を残したい。という世界があるのなら、その世界を残すための行動をするべきです。小さなことでも。

愛された記憶を子どもに残したいなら、たくさんの小さな温かい家族との思い出を積み重ねていきましょう。

美しい地球を残したいのであれば、ごみを拾って、できるだけプラスチックは使わない生活を心がけたり、車を使わず歩いてみるのもいいでしょう。

笑顔を残したいのであれば、出会う人に笑顔を向けましょう。

小さな幸せを伝えたいなら、日々の暮らしをたのしみ、季節の移り変わり、日々の小さな変化を親自身が楽しみましょう。

明るい未来を残したいなら、明日は選挙です。自分が考える未来を実現してくれそうな政党をしっかり見極め、一票投じましょう。

嘆いてばかりいても何もしなければ、未来は変わりません。

行動しなければ、何も変わりません。

何も残せません。

未来を作っていくのは、今の私たち自身なのですから。

 

どうやったら地域に子どもたちが残りたいと思うのだろうか?


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皆さんの子ども時代は、どんなことをして遊んでいましたか?

私は、子ども時代、岩木川がそばにあったので、よく河原で遊んでいました。

草花遊びや水切り、きれいな石探しなんかよくしていました。

小学校で友達の家に行き来するようになってからは、友達の家までの人んちの塀の上を歩いたり、用水路でお花や葉っぱを流して競争して遊んだり、人んちに咲いてる花の花びらとって遊んだり、崖を降りて遊んだり、トンボの首にひも付けて飛ばして首がポロリとか、冬は屋根から下の雪山に飛び降りて遊んだりとか、わりと、今だとやめなさいと言われるようなことやってたな~と思います。

まだまだ私はおとなしい方なんじゃないでしょうか。

以前、この質問を投げかけた時、ものすごい強者達の声が集まり、みんな、子ども時代はいろいろやってたんだな~と驚きました。

過去の記事も、よかったら見てみてくださいね。

すごい武勇伝がたくさんあります↓

あなたは小さい頃何をして遊びましたか?

子ども時代に地域の中でたくさん遊んで、大人たちに心配や迷惑をかけながらも、時には叱られるけれど、ちょっとの悪さも温かく許容してもらっていたこととか、何か温かい記憶として残っていたりするものです。

そんな子ども時代を思い出しつつ、「どうやったら地域に子どもたちが残りたいと思うのだろうか?」という問いを考えてみたいと思います。

どうやったら地域に子どもたちが

残りたいと思うのだろうかか?

地方は、だいたいどこも、人口減少、少子高齢化、担い手不足の問題を抱えています。

インバウンドで外から人を呼び込もうとしたり、Iターン、Uターンで移住促進とか、ゆるキャラで地元アピールとか、考えられる地方再生への対策に、それぞれ、頭を悩ませている問題だと思うのです。

そして、この問題に対して、これが唯一の答えだとは思っていないのですが、冒頭の、『子ども時代、どんな風に地域の中で過ごしたか』ということが関わってくるのではないかと思っています。

「地域と、どれだけ交流しながらすごしたのか」ということが、残りたい場所、戻ってきたい場所になりえるかどうかと関連しているのではないかと思うのです。

ここに書いた「地域」の中には、地域の自然、地域の人、地域の食、地域の文化というものが含まれます。

 

<地域の自然>

草っぱらや林の中で、虫とりに明け暮れた。

暗くなるまで友達と遊びつくした。

釣りが大好きで、休みの日は友達と釣りばっかりやってた。

ドジョウ探しやザリガニ釣り、生き物探しに夢中になってた。

地域の美しい自然をよくみにいった。

<地域の人>

近所のおばあちゃんが登下校でいつも挨拶してくれた。

近所のお店に買い物行くと、いつも話しかけてくれて、時々飴をもらった。

近所のおじいちゃんと将棋して遊んでた。

畑にいたおばあちゃんから、トマトをもらった。

お父さんでもお母さんでもない、先生でもない人といっぱい遊んでもらった

<地域の食>

地域の特産品(野菜や果物、肉や野菜、魚介類、山菜など)がすごくおいしかった。

地域の特産品を使った料理を作って食べたらおいしかった。

水がおいしい

<地域の文化>

地域のお祭りに参加して、太鼓たたいたり、笛を吹いたり、踊ったりした。

地域の工芸品を作る体験をした。

などなど、ここにあげきれなかった、様々な地域との関わりが、複合的にたくさんあればあるほど、きっと地元に対して愛着を持つことができるだろうし、いつか帰って来たいふるさとになるだろうし、残りたい大好きな場所になっていくのではないかと希望を持っています。

故郷を大好きでいてほしい

地域に子どもは残って欲しいけれど、そうはいっても、一度は外の世界を見た方がいいだろうとも思います。

世界は広く、自分の知らない常識や、知らない素晴らしい景色、まだ出会っていない素晴らしい人達、新しい働き方など、知らない世界がたくさんあります。

若いうちに、多様な人に出会い、視野を広げることも大切だと思います。

でも、そうやって一度外に出てみると、何もないと思っていた地方が、故郷が、実はとても豊かだったと気づくものです。

「井の中の蛙大海を知らず」

「井戸の中の蛙(かわず)には、海のことを話してもわからない。それは蛙が狭い環境にとらわれているからである。夏の虫には氷のことを話してもわからない。それは彼らは季節というものは夏だけだと思いこんでいるからだ。視野・見識の狭いものには、真理を説いてもわからない。それはその人たちがありきたりの教えに縛られているからだ。今、あなたは狭い川の岸を出て、大きな海を見た。それであなた自身の愚かさを自覚したのだ。だからあなたには、大きな真理について語ることができるようになった。」

という、荘子の言葉があります。

一度、広い世界を見ることで、改めて気づくことは大きいと思います。

だから、一概に、地方に残って欲しいと子どもたちに言えないとも思っていて、でも、自分の生まれ育った故郷のことは、大好きでいてほしいとは思います。

何かあったとき、ふと帰りたくなる場所。

「ただいま」と言える場所。

「またあの人に会いたいな~」と思える人がいたり。

「また行きたいな~、あのお店」と思える、よく通ったお店があったり。

「お祭りだけはどうしても帰りたいな~」と思える地域のお祭り。

そんな、温かく、懐かしい、胸の底から沸き上がる思い。

そういうものを持ってさえいてくれたら、大人になったとき、どこに住もうか?どこで働こうか?と思ったときに、選択肢として故郷が浮上してくるのではないでしょうか?

 

私の場合は、弘前のねぷたが大好きでした。

弘前公園は、高校、大学に通うまでの通り道で、公園の四季折々をいつも目にしてきました。

小学生のころ、近所の駄菓子屋さんで買い物するのが楽しみでした。

学校帰りに団子屋さんに寄り道して、100円玉を握りしめて買った串団子が忘れられません。

両親は自営業で忙しかったけれど、山に山菜採りによく連れて行ってもらったり、年に数える程度ですが、キャンプに連れて行ってもらったことも忘れられません。

冬は、父がよく岩木山にスキーに連れて行ってくれました。

家の二階の窓からは、いつも岩木山が見えていました。

母と買い物に行くと、母は魚屋さんやお肉屋さんでいつも立ち話して、そのたびに「さっちゃんは芯がしっかりしてるね~」なんて話かけてもらったり、お菓子もらったりしてました。

大学在学中は探検部で白神山地に分け入り、岩木山を登り、岩木川を川下り、その後、マタギの工藤さんや、クマゲラ調査、岩木山を考える会など、自然保護活動を通じて、すばらしい人たちと出会いました。

そんな子ども時代、学生時代があって、弘前が大好きだったから、大学出た後も県外に出たいなどこれっぽっちも思いませんでした。

井の中の蛙ではあったかもしれませんが、この青森の、自然と人と文化に惚れてここに残りました。

「大海」は知りませんが、幸い今はインターネットで世界とつながれる時代になりました。世界中にできたつながりから、知らなかった世界を少しばかり垣間見ることができるようになりました。

私は、本当の生まれ故郷である弘前からは離れましたが、山が見える景色が大好きです。弘前では岩木山を眺めていましたが、今は十和田から八甲田山を眺めています。山と田んぼと川のある景色が、私の中の原風景です。

だから、子どもたちにも、心の中の原風景を残していきたいと思っています。