子どもの10年先の未来、自分らしく生きられるように

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「みんなの学校」という映画の上映会に行ってきました。第二部は、映画の舞台となった大空小学校の初代校長先生の木村泰子さんの講演でした。

このドキュメンタリー映画と講演を聞いて、一番心に残ったのは、

「10年後の国際社会で子どもが自分らしく生きられるにはどんな力が必要か?」そう考えて、目の前の子どもとに対応していく、というお話しでした。子どもの未来を見て、この子が10年先、社会に出たときに自分らしく生きていけるようになるために、今、どんなことができるか?今、この子に何が必要か?子どもを主語にして、この子は、今、何が困ってるんだろう?この子が成長するために、どうしたらいいんだろう?って考えてきたと。

それが、学校でなくとも、大人が子供に向き合う時、この子がこんなこと言う(こんな行動する)背景に、何があるんだろうかと、わかろうとする気持ちが、地域の大人にも必要な視点だと思いました。

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学び合いと育ちあい

「みんなの学校」は、支援を必要とする子も、そうでない子も、同じように学び合い、成長していく大阪の大空小学校のドキュメンタリー映画です。

ふつうは、クラスに1~2人ぐらいの何らかの支援を必要とする子ども達が、大空小学校では、全校220人中30人。

「支援を必要とする子」とは、一般的になんらかの障がいのある子や、いろいろな事情で前の学校では不登校になってしまった子たち、などです。

でも、他の学校のように、特別支援学級などは作らず、あえてクラスの中で一緒に学びます。

授業中、外に走り出して脱走する子や、大声を出す子、いろんな子がいるけれど、それぞれの個性を認めつつ、どうやったら、このお友達は教室にいられるんだろうか?今、この子は、何に困っているんだろうか?と、子ども達も、先生も、みんながその子の背景に寄り添っていく。

家庭の事情で両親とも早くから仕事に出かけているから、きっとまだ寝ている。

学校に来ていない子がいたら、その子の家まで迎えに行って様子を見る。という子だったら、玄関どんどんってしてたたき起こして学校に連れてきたり。

気になる子がいたら、担任の先生だけじゃなく、学校のみんなで知恵を出し合って、サポートしていく。

校則はなく、「自分がされていやなことは、人にしない、言わない」という唯一の約束事があるだけ。

でも、毎日一緒に教室にいるから、毎日その子の様子を見ているから、多少その子が大声を出そうとも、授業に集中していられる。でも、その子が本当に困っている時には、自分の勉強道具をほっぽりだしてでも助けに行く。

すぐ手が出てしまうような子と、ケンカになってしまっても、なんであの子は怒ったんだろう?って、失敗から学ぶ。

学校では、たくさんの失敗をして、やり直しをして、学んで、そして卒業していきます。

それも、多様な子供たちの中で、育ちあい、学び合うから。

大人の都合のいいような子を望んでいては、そういう子たちは取りこぼされていきます。

学力重視で、授業に支障が出るから、そういう子は教室にいてはいけないというようなそんな空気がクラスを包んでしまったら、その子は居場所がなくなってしまいます。

大空小学校に転校してきたある「支援を必要とする子」は、前の学校は『牢屋』だと表現したそうです。教室で大声を出すと、「大きな声を出してはいけません」と言われ、教室にいられないから教室を抜け出そうとすると抑えられて外に出ることもできない。意見を言おうとすると「だまってなさい」と言われる。その子にとって、学校は『牢屋だ』。その言葉通りなのだと思います。

大人が、そういう子たちを排除しようとする姿を見て、子ども達は見たようにしか行動しませんから、あいつなんかこなきゃいいのに、あの子さえいなければ・・・そんな空気ができてしまうのかもしれません。

世界は一瞬で平和になる

4年生の時に転校してきたせいちゃん。前の学校では特別支援学級にいたけれど、教室はせいちゃんにとって、とってもいやなところだったようです。だから転校してきた最初のころ、せいちゃんは教室に入ろうとしません。何度も学校を脱走します。

でも、時間をかけ、教室は安心できるところだよ。学校は安心できるところだよって、友達が手を引いてくれたり、背中をさすってくれたり、黙って待っていてくれたり、徐々に徐々に、せいちゃんは教室に入れるようになっていきます。仲間を信じられるようになったせいちゃんは、毎日学校に通います。

せいちゃんのお母さんは、「ランドセルの中がぐっちゃぐちゃで、鉛筆が全部折れてたり、半分までちびっこくなってたらすごくうれしいんです。前は、いつ筆箱あけても、(使わないから)ぴんぴんにとがった鉛筆だった。上履きも今は真っ黒で、そんな、真っ黒に汚れたのを洗うのが、ほんとにうれしい。」

居場所を手に入れたせいちゃんが、毎日学校で勉強して、友達ときっと遊んでる。だから汚れる。それがうれしいんだと語ります。

そんなせいちゃんが、6年生になり、卒業のメッセージで、こんなことを発表しました。

「ぼくの一番の願いは世界が平和になることです。世界を平和にすることは一瞬でできます。自分の隣の人を大切にしたら、みんなが平和になります」

4年生で転校してきて、6年生になるまでに、せいちゃんが経験してきたことが、そのまま語られています。きっと、せいちゃんは、隣の人に、クラスのみんなに、先生に、たくさん大切にされてきたんだろうな。せいちゃんの経験からくる言葉は、本当だと思うのです。

地域は土である

地域の学校に通う子供たちを、だれ一人欠けることなく、みんなが等しく学べるように、そういう想いでやってきた大空小学校。

では、先生ではない、地域の住民であり、子どもの保護者である私たちは、どうか変わっていけばいいのでしょうか?

学校のやり方に、なかなか意見はしづらい。不満を言えば、モンスターペアレントと言われかねない。

でも、そこは、自分の子どもだけでなく、自分の子のお友達も、地域のみんなの子供が通う学校です。登下校時に交差点や校門に立って、子どもの安全を見守りながら子ども達に挨拶するサポーター。本の修理や読み聞かせをする学校図書サポーター、教室に入って、子どもたちを見守り、気になる子を見つけて先生に知らせてくれるサポーター、いろんな形で、学校に関わってくれる方を、大空小学校ではサポーターと呼んでいます。保護者じゃなく、サポーター。

学校に毎日のように来て、関わってくれるから、ちょっとした子どもの変化に誰かが早い段階で気づいてくれる。

そうやって、地域の人に見守られながら育っていく子供たち。

卒業するとき、子ども達は、それぞれ決められた言葉でなく、自分の言葉で、自分が感謝したい人に向けてありがとうのメッセージを言葉にします。

多くは、6年生になるまで、ずっと見守ってくれたサポーターの方への感謝を述べます。

地域は、子ども達の土です。

子ども達がすくすく育つには、子どもたちが安心して育っていけるようなどっしりとした土がなければ育ちません。子ども達がしっかり根付いて成長できるためには、地域で子どもたちを育てていく、温かく見守っていく、あのこ、なんか元気ないな~。どうした?って、声をかけてくれる大人。地域の中で、誰が困っているか?って、見ていて、手を差し伸べてくれる大人。そんな大人に囲まれて育ったなら、きっと子供は10年先も自分は自分らしくいていいんだと、自信を持っていられるのではないでしょうか。

幸せになるために学校に来ているのだと木村さんはおっしゃいます。

子ども達が安心して過ごせる学校であり、安心して育つことができる地域であることが、子どもたちにとって大事なこと。

いろんな人が子どもたちに関わることで、答えは一つじゃないことを知る。こんなやりかたもあれば、あんなやり方もあると、気づくことができる。

自分で自分の命を絶ってしまう子供たちがたくさんいます。命を絶つ前に、話を聞いてくれる人が地域にいたら。ちょっといつもと違う様子に気づいて声をかけてくれる大人がいたら。

それは他人事のようだけど、自分事に置き換えて、自分の周りの子供たちに、どれだけ関わってあげられるか。

以前、うちにいわゆる”困った子”達が遊びに来ていました。すぐにかっとなって手が出る足が出る。馬乗りになって殴ったりも。そんなことが続いたら、近所の子たちは怖がって彼らを遠巻きに見るようになった。関わろうとはしなくなった。

でも、ある取っ組み合いのけんかの時、興奮する彼を抑えて、こう話しました。

「嫌なことがあったとき、頭に来た時、殴って蹴るだけが解決する方法じゃないんだよ。頭に来たら、その場を離れてみたらいい。ちょっと離れて、一人でゲームしてたっていい。深呼吸して、気持ちが収まるまでここ(小屋)にいたらいいよ。うちでは、怒っても殴ったりしないよ。殴ることが当たり前じゃないんだよ」

彼にとって、嫌なことがあったら殴る、というのは、家庭の中で身についたことでした。それが当たり前だった。

私が「怒ってもうちでは殴らないよ。それは当たり前のことじゃないよ」と話すと、「そうなの?」と。でも、うちに来て、怒りを収める方法が、殴るだけではないんだということを学んだ彼は、その後、ぱったりと暴力を振るわなくなりました。

自分が知ってる方法以外のやり方がある。それだけが正解じゃない。

多様な人の中で育つことは、子どもたちにとって多様性を受け入れることでもあり、違う選択肢を見つけることでもある。

今日も子供たちがうちに遊びに来ては、空き地で秘密基地を作っています。お腹がすいたら、戻ってきて、素揚げのジャガイモを「うまいうまい」とほおばります。

剣を作るんだと言ってはのこぎりで木を切り、ヤスリでなめらかにとがらせます。

指を切ったと言っては友達が「〇〇クンが手切った~!絆創膏ちょうだい!」って、言いに来てくれる。

友達の一人が秘密基地でまだ遊びたいのに剣を作りたい子が帰ってきちゃったから、その子は泣いてしまって、でも、「おいしいものあるから、一回帰ろう?」って、迎えに行って連れてきて、「一本でもいいから剣作ろう?そしたら秘密基地で戦いごっこして遊べるじゃん?」って、困っている友達に、手を差し伸べられる。

そんな子供たちがすごいな~って、見守ってる自分がいる。何を教えなくても、子どもたちは、ちゃんとかかわる力を持っている。

それを奪わない社会であるように。

困った子を排除しないで、手を差し伸べられる社会になるように。

そのためには、今、目の前にいる子どもたちが、困ったこと言われる子供たちや、支援を必要としている子供たちと、関わりながら、こういう人もいるんだ。だったらそんな子が安心していられるようにすればどうしたらいいんだろう?って、考えて動ける子を育てていくことが、10年後、そんな社会を作っていけるんじゃないのかと思うのです。

自分が経験したことしか学べません。小学校時代は、たくさん、失敗しながら、ケンカしながら、学んでいく時代。そして、大人も、そんな子供から、たくさんのことを学ばせられます。

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