失敗から学ぶ~失敗談を子どもに語ろう

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椋鳩十さんが編集した、「いたずらわんぱくものがたり」という本があります。
23人の児童文学関係者の子ども時代のお話を集めたもの。
みんな、子供時代は、いたずらしたり、バカなことしながら大きくなっていくものです。子どもは、失敗から多くのことを学びます。皆さんにも、子供時代のちいさないたずらから、大事に至ったいたずらまで、大なり小なり、経験があるのではないでしょうか?

大人が失敗談を子どもに話すことで、子どもは、失敗してもいいんだと、安心します。そして、お父さんやお母さんもいろいろ失敗してきたけど、今、こんなに立派な大人になってるじゃないかと、失敗を恐れない子になります。

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私のわんぱくな子供時代

私は三人兄弟の一番末っ子。四つ上の兄、二つ上の姉がいて、おじいちゃんおばあちゃんと同居。小さいころ、うちは鍛冶屋で、裏の工場ではいつもガッシャン、ガッシャンと、機械の音が響いていました。両親は、毎日仕事で忙しく、私はおじいちゃんっ子でした。

頭は良かった父、でも、鍛冶屋を継ぐため進学できなかったことを悔やみ、せめて子ども達は大学を出してやりたい、自営業の大変さをいやというほど知っているので、私たち子どもが公務員になることを強く望んでいた父でした。
子ども時代、習字や英語、そろばんに通わせられていました。でも、おてんばでやんちゃな私は、「行ってきま~す!」と言ってうちを飛び出しては、近くの川原で遊んで、時間になると帰り、前回書いて花丸もらってた習字を見せては、「今日も花丸もらったよー!」と、うそをついていた子供時代。
そろばんは、暗算がどうしても苦手で、頭の中にそろばんを思い浮かべることが出来なくて、頭の中で筆算するので、ちっとも上達しない。いやでいやで仕方なく、こちらもサボってばかりでした。
おじいちゃんがかわいがって飼っていた文鳥を、手乗りにして遊んでて、ふと、テレビの下のガラス戸の中に閉じ込めてみたくなり、片方を開けて、出てきそうになると、ガラス戸を閉め、反対側を開ける。そんなことを繰り返しているうち、あ、こっちから出ちゃう!と、慌ててガラス戸をバン!って閉めると、文鳥の頭が挟まり、死んでしまっいました。どうしよう・・・と思ったけど、知らないふりして鳥かごに戻し、後になって母が死んだ文鳥を発見し、「あれ!鳥っこ死んでら!」という声に、そうなの?と、何食わぬ顔で答えてみたものの、後味の悪さが胸に今でも残っています。

理科のテストで、昆虫の体のつくりで、「あたま」と「はら」しか、どうしても思い浮かばず、隣の男の子のをカンニングしました。彼の答案用紙には、なんと、「あたま、はら、けつ」と書いてありました(笑)。

でも、その時は、そうか!と思って、「あたま、はら、けつ」と書いたのは、言うまでもありません。その後、間違いに気づき、二度とカンニングはしないぞと誓ったものでした。

小学校時代は気が強く、男の子をいじめるような子どもでした。同級生の気の弱い女の子をふざけて叩いて、その子のおじいちゃんがうちに怒鳴り込んでくることもありました。ああ、あの子は、おじいちゃんにすごく大切にされてる子なんだ、ってその時感じました。

あの時、おばあちゃんが、私を叱るでもなく、ただただすみませんでしたと、小さくなって謝っていたのが記憶に深く残っています。

私もまた、おじいちゃん、おばあちゃんに大事にされていたんだと、感じた出来事でした。

小五の頃、鍛冶屋の仕事をたたんだ父は、千葉に出稼ぎに行きます。一年後、母と私と姉も、千葉に行くことになりました。転校した私は、すっかり人見知りで、おとなしい子に変身してしまいました。千葉の小学校では、ピアノなんてできないのに、出来るとうそをついて、なぜか上手な子と二人でエレクトーンをやる羽目になり、出来ないのにどうしようと、エレクトーンの音を最小にして、ばれないようにやり過ごしたり、

水泳の選手に選ばれたのはいいけど、息継ぎが苦手で、長く泳ぐのに自信がなかった私は、夏休み中の水泳大会の時、おじいちゃんが危篤だから弘前に行かなきゃいけないと先生に大ウソをつき、夏休み中、ドキドキしながらうちで、息をひそめていたこともありました。

こうやって、振り返ってみると、大嘘つきのいじめっ子だった子供時代でした。

自分も失敗したからこそ、子供に言えることもある

思い返してみると、ドキドキした記憶は残ってるものだな~って思います。うそも、ばれるんじゃないかと、かなりドキドキしました。

そんな私も、親になった今、子どもがウソついたといっては怒ったり、分からないことがあるなら、恥ずかしいことじゃないから、分からないと言って聞きなさいって言ってるいるんだから、変なものですよね。

子供も親も、不完全で当たり前。自分だって、すっごい嘘つきだった。でも、ウソつくと、大人になった今でも、後味が悪いんだよって、教えてあげることはできる。

あのとき、知ったかぶりしないで、わかりません、できませんって言ってれば、うその上塗りして苦しまなくて済んだんだよって、教えてあげることはできる。

バカなことやってた子ども時代があるから、お母さんも、子どもの頃は、こんなバカなことしてたんだよって言ってあげられる。ああ、この子も、自分の子供時代と同じだなって、思って温かい目で見てあげられる。

完璧じゃなくていい。いい子じゃなくていい。ウソついてもいい。知ったかぶりして失敗してもいい。

失敗したから、今に活きている。子ども時代は、いっぱい失敗させていい。いっぱいバカやっていい。そう思っています。

そんな子ども時代が愛おしくなるくらいに。

自分の失敗談や、わんぱくな子供時代を語ろう

今の子供たちは、失敗を恐れ、人と違うことを恐れる傾向にあります。そもそも、学校教育がみんなと同じでなければならない、正しい答えを求める、そんな傾向にあるからです。みんなと違うことをすれば怒られるし、間違うと笑われる。

私も、子どもの頃は知らないと言えない子だったので、授業中「この問題わかる人?」と言われて手を挙げられないでいました。手を挙げたとしても、当てないで頂戴ねと言わんばかりに小さく手を上げ、当てられたら、もう、赤面してしどろもどろになっていました。間違うのが怖かった。

でも、今ならわかる。間違うことは悪いことじゃない。間違うから、次、どうしたらいいかを考えられる。どんどん失敗して、どんどん間違う経験が、子供時代に必要なんだと。

そのためには、親は、自分の失敗談を子どもに語ってほしい。いたずらして怒られたけど、楽しかった子供時代を語ってほしい。

そうすることで、子供たちは、安心して間違うことができるのだと思うのです。間違っても、失敗しても、むしろ、失敗したからこそ、今のお父さんやお母さんのようなステキな大人になれるんだと、その姿を示してあげられるから。

どうぞ、今夜、皆さんも笑いながら子供たちと、昔の失敗談を語ってくださいね。

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