自己肯定感が低いと幸せを感じにくい?

親であるなら誰しも、子供が幸せに育ってほしいと願っているものです。では、子供の幸せって、何でしょう?どんな大人になってもらいたいですか?

健康であること。人に必要とされる人であってほしい。幸せな家庭を持ってほしい。食べることに困らないように。お金の苦労をしなくていいように。いろいろあると思います。

でも、究極は、子供が幸せを感じて生きてくれれば、それでいいのではないでしょうか?

その、幸せを感じる心は、自己肯定感が大きく関係しています。

皆さんは今、幸せですか?皆さんのお父さんやお母さんが願ったように、「私は今とても幸せです。」言えるでしょうか?お互いのご両親がいたからこそ生まれてきて、出会い、結婚し、子供に恵まれ、そして、毎日を楽しく生きている。だからこそ、ご両親に産んでくれてありがとうと言えるでしょうか?

そして、もう一つ質問。皆さんは、自分のことがどのぐらい好きですか?

幸せは自分の中にある

以前、ドリームマップという夢を描き出すという講座に出たときに、ある質問をされました。

「あなたは、自分のことがどれぐらい好きですか?」と。

紙には空のコップの絵が描いてあって、自分の好きさを水の量で表してと。たくさん好きな人は、コップにいっぱい満たされた水を描き、自分のこと少ししか好きじゃないという人はちょっとの水、というように。

その時、大人20人ほどいた参加者の中で、水を一体満たしたのは二人。八分目ぐらいの人が数人と、後の人は半分ぐらいが多かったように思います。

これが、中学校で同じ質問をすると、コップに水がほとんどないという子も結構な割合いて、いっぱいという子はほとんどなくて、多くて八分目、ほとんどは半分ぐらい。

自分をあまり好きではないという子が、とても多くてびっくりしたことがあります。

自分を好きっていうのは、自己肯定感そのものです。

そして、何をもって幸せを感じるかは人それぞれです。何不自由ないお金があれば幸せ。おいしいものが食べられたら幸せ。家族みんなが健康であれば幸せ。家があるから幸せ。子どもがいるから幸せ。自由に自分のことができるから幸せ。人のお役に立てて幸せ・・・。

でも実は、絶対的に、これだから幸せっていう定義はないですよね。

その定義は、人それぞれで違うものだし、今日朝日がすごくきれいで、すがすがしい朝だったから幸せって感じる人もいれば、たくさんいろんなものに囲まれて、それでもまだ、いい車もほしい、持ち家もほしい。自分のやりたいことができずに、日々のちょっとしたことに幸せを感じることができない人もいます。

幸せを感じる心は、ただ一つ。自分を幸せにしてるかどうか。自分を大切に思っているかどうか。自分のことが好きかどうかです。

自分を大切にしている人は、空が青く澄んでて気持ちがいいとか、鳥の鳴き声や、吹き抜けるさわやかな風にすら幸せを感じられるものです。朝、一杯のコーヒーを飲むという行為だけでも幸せを感じるものです。

でも、自分を大切にできていないときは、あれがないから幸せになれないんだ、これがないから幸せじゃないんだ。あれさえあれば幸せなのにと、ないものばかりを求めるものです。

やはり、子供たちには、日々幸せっを感じてほしいものですよね。

では、子供が、自分を大切にして、日々幸せを感じて生きて行ってもらうために、私たち大人は、どんなことができるでしょうか?

自己肯定感の低い子供たち

今、日本の子供たちの自己肯定感の低さがいろんなところで問題になっています。海外に比べて、かなり低いのです。

日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査で、自分自身に満足しているという若者は、アメリカが86%、フランスが82.7%に対し、日本は45.8%。

うまくいくかわからないことに取り組める意欲があるのは、フランスで86.1%、アメリカは79.3%、日本は52.2%。

将来に希望を持っているか?という項目では、アメリカ91.1%、フランス83.3%、日本61.6%です。

どうやら、自分に満足感が得られないと、将来に希望を持ったり、うまくいくかわからないことにチャレンジする意欲が持てないということになりそうです。

では、その、自己肯定感の低さはどこから来てるのでしょうか?この調査では13歳から29歳の若者に対して行われています。ということは、小学校卒業までに、そういう子供たちができてしまっているということです。

その要因として考えられているのは、家庭の中においては、あれをしなさい、これをしなさい、早くしなさいと、指示を送り続けていること。以前の記事で、指示待ちの子供たちの記事にも書きました。自分で考えてやってみるという経験が少なくなっているとのではないかと思うのです。そして、やってみて、失敗して、その失敗から学ぶ経験が少ないということ。失敗したら笑われた。失敗したら、だから言ったでしょと怒られる。チャレンジして失敗して恥をかくより、失敗しないようにチャレンジしないという道を選択してきた子供たちが大きくなってきているのだということ。

そして、親の愛情というのも言われています。愛情といっても、ただかわいがっていればいいということではなく、子供を信頼しているか?ということです。失敗しても、あなたなら大丈夫。きっとできると見守れるというのは、子供を信頼していなければできないことです。

信頼するって、簡単なようでいて、意外と難しいものです。失敗するかもしれないのを手を出さずに見守るというのは、忍耐が必要です。ついつい手や口が出てしまいます。

自己肯定感は、大事にされること、信頼されること、失敗してもチャレンジする経験の繰返しで少しずつ積み重ねられることで育まれていきます。

親やおじいちゃんおばあちゃん、周りから大事にされる存在だという承認があって、初めて自分が大事にできるようになるものです。

大人も自分自信を大切にしよう

大人でも、この自己肯定感を持てない人が多くいます。それも、今までの経験の中で、失敗したら笑われたとか、何やってるんだと怒られたりという経験の中でできあがっていったもの。でも、それなら、自分で自分を大切にしてあげるところから始めてみたらいいんじゃないかと思うんです。

まあるい抱っこの時も辻直美先生から、自分を抱っこするのよと、お話がありました。まずは自分を大事にするんだよと。

時には、育児のつらさから、自分なんて、母親失格だとか、何にもできていない自分にダメ出しばっかりしてしまうときもあるでしょう。でも、そんなときこそ、自分を優しく包み込んで、自分を大事にしてあげてほしいんです。自分はよくやってると、自分で自分にご褒美をあげてほしい。自分を大切にできるようになれば、子供がかわいく思えてくるものです。

自分を大切にするというのは、大人にも必要なことで、具体的なデータはないのだけれど、自分を大切にできる親に育てられてる子どもは、自己肯定感も高いのではないかと思っています。

どうしても自分が好きになれないとき、でも、そういう感情もまた自分自身なのだと、いったん受け止める必要もあるかもしれません。自分のどこが好きじゃないんだろう?自分はどうなったらいいと思うんだろう?客観的に、自分を高いところから俯瞰するように、自分を見つめてみる必要もあるかもしれません。

どんな人も、感情に浮き沈みはあるものです。いい感情も悪い感情もなく、ネガティブな感情も、とことん落ち込んで浮上するためには必要な感情のこともあります。そこが次への原動力になることもあります。

どんな自分もオッケーと、まずは、自分を抱きしめてみましょう。

 

 

 

 

 

「いいこと考えた!」は、ワクワクの光~はぴちる通信創刊

「いいこと考えた!」は、子どものわくわくの光。どうか、その光を消さないで。子どもの無限の創造力が働き始めるその瞬間を、大人も楽しんで見守ってあげて欲しい。そんな想いでHappy children(はぴちる)通信の第一号を創刊しました。

はぴちる主催のプレーパークや、イベント等にて無料でお配りします。年六回発行し、今後のプレーパークやイベント情報、子どもとの関わり方や季節の自然の楽しみ方、子育てコラム、体にやさしい簡単おやつなど、皆さんの子育てに役立てていただけるような内容でお伝えしていきたいと思っています。

はぴちる通信・第一号

創刊第一号は、

・八甲田のモンスターに会いに行こう!

・【今月のコラム】雪の上を歩く不思議な虫の正体

・2017年の活動予定

・わたしたちからのメッセージ

・賛助会員募集!

という内容になっています。

この中から、私たちのメッセージをここに転載します。

子どもは「あそび」で育ちます。「あそび」とは、本来自由なもの です。決まった遊び方や大人が用意したように遊ぶのではなく、子 どもが自分から遊びたいから遊ぶ。やりたいからやる。そういう能動的なものだと思っています。ジャ ンプしたいからジャンプする。木登りしたいから木に登る。捕まるかもしれないドキドキ感を味わいたいから、追いかけっこする。
そういう子供の遊びを大事にしたいと思っています。おもしろい! きれい!すごい!心動かされる経験をたっぷり子供にさせてあげて ください。

子どものやりたい気持ちを応援できる場、自然体験で五感をたっぷり使う場を提供し、様々な体験や失敗の中で、子供たちが自ら考えて行動できるように、ワクワクする日々を過ごせるように願っています。

はぴちる賛助会員募集!

プレーパークでは、くぎやガムテープ、毛糸や絵の具、マジックや、紙などの消耗品があり、他にも、出張プレーパークでの交通費など、様々な経費が掛かります。プレーパークを続けて いくための活動費の支援をして下さる賛助会員も随時募集しています。応援してくださる方は 1 口 1000円から、何口でも結構です。賛助してくださる方は、メールにてお名前と住所をお知らせください。また、通信送料500円をご負担いただければ、はぴちる通信を年六回送付いたしますので、ご希望の方は、そちらもメールにてお申し込みください。後ほど振込先をお知らせいたします。

お問い合わせ sashindo0428@gmail.com

2017年の活動予定

今現在予定しているはぴちるでのプレーパークや、自然体験の活動予定です。

・3/26(日)10:00~15:00 駒っこランド屋内プレーパーク

・4/23(日)10:00~16:00アースデイにプレパ出店

(株)高橋 敷地内:三沢氏新町 2-31-2171

・5/4(木)おいらせ町下田公園にてプレーパーク

・5/5(金)、6(土)春の森キャンプ/命の芽吹きを感じよう!

・6/10(土)駒っこランドプレーパーク(屋外・雨天時交流館) ・7/8(土)、9(日)川遊びキャンプ/ホタルたき火を楽しもう!

・8/5(土)駒っこランドプレーパーク(屋外・雨天時交流館)

・8/11(金)山の日に山に登ろう!

・9/16(土)駒っこランドプレーパークで秘密基地をつくろう! ・11/11(土)駒っこランドプレーパークでたき火を囲もう!

・12/9(土)駒っこランド交流館・屋内プレーパーク

※予定は変更になる場合もあります。

また、5 月から 10 月までの毎週水曜は、放課後プレーパークを十和田市ちとせ小学校校庭で行います。そのほか不定期で開催されるプレーパークもあるので、その都度ブログやFB等で時々チェックしてください。

キャンプは有料、要申し込み。プレーパークは無料、申し込み不要です。キャンプは、日帰りのデイキャンプ、泊りのキャンプどちらもありますので、ご都合に合わせてご参加ください。ゴールデンウィーク中の春の森キャンプについては、近いうちに詳細をお知らせいたします。

 

 

指示待ち人間の子供にしてしまうNGワード

近頃、自分で自分のことが決められず、親や先生の指示を待ってからでないと動けない子供が増えています。いわゆる「指示待ち人間の子供」と言われています。

社会に出てからも、部下が上司の指示がないと動かないと、嘆くこともよくあることのようです。

では、この「指示待ち人間」はどうしてそうなったのでしょう?

実は、親や、先生、上司のかかわり方にも原因があるようなのです。

「指示待ち人間」を作るNGワード

日頃、育児をする中で、子供が思い通りに動いてくれないとか、失敗してしまった場面でつい使いがちな言葉が、「指示待ち」の原因を作ってるかもしれません。

・「早くしなさい」

・「~しちゃだめ!」

・「~したらどう?」

・「なんで言われた通りやらないの?」

・「ほら!だから言ったでしょ!」

・「~しなさい」

・「勝手にしないで!」

どうですか?こんな言葉、よく使っていませんか?基本的に、子供がやろうと思ったことを否定すること、失敗したときに怒られる、というような経験の積み重ねによって、「怒られたり、否定されたりされたくない」→「怒られる前に、やっていいか聞いておこう」そういう心の動きになるのも当然のことです。

また、親のほうから、「これで遊んだら?」というように、遊びを決めてしまうことも、自分で決める力を弱めてしまいます。

本来、遊びとは、自発的に子どもが遊びたいと思うことを遊ぶものです。自分で遊びを作っていく中で、こうやったらもっと楽しいかも、こうやったらもっとすごいことができるかも、わくわくしながら想像力を働かせていくものです。

実際、うちの次男は、指示待ちの傾向があります。なぜだろうかと考えたとき、思い当たるのは3つ上の兄の関わりでした。しっかり者のお兄ちゃんで、次男が何か困ったことがあったとき、何かといえば、「お兄ちゃんお願い」と、お兄ちゃんを頼っていました。正義感が強く、曲がったことが嫌だったお兄ちゃんは、良かれと思って、何かと次男のやることに手を出しました。よく言えば手伝ってあげていたのですが、実のところ、次男の自分でやりたい気持ちを奪っていたことにもなってました。ちょっと間違ったことをしようものなら、すぐに「それは違う」「そんなことしちゃダメ」「貸して、やってあげる」。そうやって、何でもやってあげていました。

そして、5歳も過ぎたころから、気づけば、なんでも聞いてくる子になっていました。「お母さん、これで遊んでいい?」「お母さん、トイレいっていい?」「お母さん、これ食べていいの?」

「トイレに行っていい?」なんて、なんでこの子はわざわざそんなこと聞くんだろう?って不思議でした。聞かないで自分で考えられないの?そう思いました。

今思えば、小さいころからやりたいことを止められたり、なんでもやってあげすぎたからだと思い当たるのです。

自分で考えられる子供にする3つのポイント

今、学校でも指示されないと動けない子が増えています。小学校で、答えがわかる質問にはたくさん手を挙げるけど、「どうやったらいいと思う?」というように、答えのない質問や、考えさせる質問にはあまり手が挙がりません。

小さなころから、「あれしなさい」「これしなさい」「早くしなさい」「それはダメ」という言葉をたくさんかけられたことで、自分で考えて動くということに慣れていないのです。そして、学校は学校で、みんなと同じことをしない子は怒られるので、ますます指示待ち傾向が強くなっていきます。

では、どうしたら自分で考えて動けるようになるのでしょう?

それには、「認める」「許す」「どうしたいか聞く」という3つのポイントがあります。

まずは、やったことを「認める」ことです。子どもは、いつだって親に認めてもらいたいと思っています。ある程度大きくなってからは、他人に認められたいと思うものです。何か子供がやり始めたら、その手を止めさせずに、やりたい気持ちを達成させてほしいと思います。とはいっても、親にとって望ましくないこともあるでしょう。そんなときでも、頭ごなしに「だめ!」「やめなさい」とやってることを否定するのではなく、「それをされると困るから、こうしてくれると助かるんだけどな」とか、「お母さんは、今はそれをやられるのは困るんだけど、どうしたらいい?」って、困る理由を説明して、そのうえでどうしたらいいか子供に尋ねてみることです。

次に「許す」こと。失敗したときに、「だから言ったじゃない!」「なんでそんなことするの!」って、頭ごなしに怒鳴るんじゃなく、例えば水をこぼしちゃったときでも、「あ~あ。やっちゃったね。どうすればいい?」って、聞いてみることです。もちろん、命にかかわるようなことは、全力で止めるべきですが、命にかかわること以外は、おおらかに、許してあげてほしいのです。「あ~あ」は魔法の言葉です。「あ~あ。やっちゃった。でも、拭いたらいいよね?」って。失敗にひとつひとつ目くじらを立てるのではなく、失敗したけど、どうしたらいいかを考えさせるくせをつけましょう。

三つめは「どうしたらいいか聞く」です。例えば、「トイレに行きたいけど、行っていい?」って言ったとき、「あなたはどうしたいの?」って聞いてみる。「これで遊んでいい?」って聞かれたら、「どうしたいの?」って聞いてみると、自分でこうしたいって、必ず答えます。そうやって、自分で決めるチャンスをできるだけたくさん作ってください。

まとめ

子供がやりたいことをやりたいようにさせてあげるとか、失敗を許すなんて、日々の生活の中ではなかなか難しいものです。子供がなかなか思い通りにならないとか、失敗してイライラするとか、よくあることです。

親は、子供がうまくいくように、失敗しないようにと望んでしまうところがあります。でも、転ばぬ先の杖をつきすぎて、失敗から学ぶ経験を奪ってしまわないように気を付けてあげなければいけません。できるだけ手を出したい気持ちを抑え、やらせてみることです。

社会人になって指示待ちになってしまう場合は、やはり、きちんとしすぎるできる上司の元にいる部下が指示待ちになる傾向が強いといいます。部下に任せられない。部下がやったことにこれじゃだめだとすぐダメだしする。その繰り返しで、怒られるよりなら、言われたことだけやっていようという心理が働くためだそうです。

「信じて任せる」、「信じてやらせてみる」ということが、大人も子供も必要のようです。

そして、プレーパークでは、こどもの「やりたい」を叶えてあげるための場所です。

 

まあるい抱っこの講座~子どもの体の発達は、赤ちゃんの抱っこから始まっている

先日、辻直美先生のまあるい抱っこのお話を聞いてきました。
赤ちゃんを泣き止ませるための抱っこ法じゃなくって、赤ちゃんが心地いいと感じる抱っこ法。多くの海外製のだっこ紐が、ママが楽なようにと作られています。赤ちゃんはお荷物のように「入れられる」。その結果、赤ちゃんの体がどうなっているか?

あごの小さい子供、虫歯になりやすい子供、転んでも手が出なくて、顔から転ぶ子供、しっかり立てない子供、疲れたと言って長時間立てない子供、横向きに字を書く子供、そんな子供が増えています。そんな子供達も、体の発達が原因だとしたら?赤ちゃんの時の抱っこが原因だとしたら?人生の中で、抱っこされる時間はとても短い。けれども、その抱っこが、とても大事だと言います。

そり返る赤ちゃん

股関節脱臼は、アジア人特有のものだそうで、海外メーカーは赤ちゃんの股関節脱臼のことを考えて開発されていないため、多くの海外製のだっこ紐が、ママが楽なようにというのが優先されて作られています。おんぶひもの中で、頭が後ろにそり返っている赤ちゃん、見たことないですか?おんぶの時、抱っこの時、ミルクの時、いろんな場面であごが上がった状態になってることが多くないですか?そり返った姿勢が普通になっていくと、あごが上がります。すると、口が閉まらない。今、口呼吸の子どもが増えていて、口の中も乾いている、感染症にもかかりやすい、ミルクを飲むにも、あごがうまく使えないため、あごが発達せず、小さいあごの子どもも多いと、歯科医さんが言うそうです。あごが十分発達していないから、歯の生え変わりがうまくいかず、二枚刃になってしまったり、唾液が少ないので、虫歯にもなりやすくなる。そり返ることで、手をしゃぶるハンドリガードの時に、肘が上がって、小指からしゃぶるくせがつき、肩を回転させてスプーンやフォークを使うようになるので、うまく口に入らず、ぽろぽろこぼしやすい。成長して字を書くときに、紙を斜めにおいて書くようになる子もいます。

その後、ハイハイして、座る、立つという動作や姿勢にも影響を与え、しっかり立てない子どもも多いといいます。転んだ時に、手が出ない、骨折したり、頭や顔から転んでしまう、そんな子供も増えています。

ところで、股関節脱臼は、なぜ、アジア人特有なのか?もともと、赤ちゃんの股関節はⅯ字開脚に自然になるのが理想です。もちろん、遺伝的要因もあります。でも、そのほかの要因として、戦後の巻きおむつが原因ともいわれていましたが、股関節脱臼が増えたことで、Ⅿ字開脚の重要性が指導されるようになり、おむつが変わってきたことで、だんだん減ってきていました。ところが、2015年から股関節脱臼が増えてきています。この原因が、海外の育児グッズを使うようになったことに対する無知があげられています。股関節脱臼のことを考えて作られていないので、その中で長時間抱っこされ続けていることによって、股関節脱臼が増えてきているようなのです。また、そり返りによる極端な向き癖も理由に挙げられるようです。

 

まあるく抱っこするということ


「抱っこ」は、「手で包む」と書いて抱っこと読みます。「育む」は、「羽でくくむ(包む)」。赤ちゃんをふんわり包み込む抱っこで、赤ちゃんに心地いいと思ってもらえることが大事なのです。赤ちゃんは「なにこれ、きもちいい」と、気づくのか、魔法のようにピタリと泣き止み、にっこり笑いだします。そして、足の裏はピンクに色づき、血行が良くなります。

泣くから、泣き止ませるために抱っこする、移動するために抱っこするそんな抱っこが多くないですか?お母さんが抱きしめてほしい時って、どんな風に抱きしめてほしいですか?赤ちゃんだって同じです。赤ちゃんを包み込むように大事に抱っこしてほしい、温かい気持ちで抱っこしてほしい。

パパが抱くと泣いちゃうとか、どうやって抱っこしていいかわからないパパは、抱っこすることすら緊張して、躊躇します。どうせママじゃないとダメなんだろう?っていう気持ちが働いちゃうかもしれません。でも、そんな自信のない人に抱っこされたら、赤ちゃんはどう思うでしょう?緊張して、体から話して抱っこする。赤ちゃんの身長の三倍の高さでぶんぶんゆすられる・・・。そう思ったら、怖くないですか?

自身のないパパだって大丈夫です。「自分のこの厚い胸板にど~んとこい!」っていう気持ちで、彼女を抱くように、自分の胸にしっかりつけて、柔らかくまあるく抱っこすると、赤ちゃんも安心します。相手を1人の人として思いやる、「これがいい?これが心地いい?」って、相手がどうすれば心地いいかを思いやる気持ちが大事なのです。

おむつがえも、同じこと。状態をタオルなどで少し高くしてあげて、M字開脚をしっかり守ってあげて、足のうらをあわせて、おへそに持って行ってあげると、赤ちゃんの姿勢をまあるく保ったままおむつ替えができます。

抱っこも、お世話も、全て気持ちは一緒。M字開脚を守って、お尻よりひざが上に上がるように、赤ちゃんがリラックスできるように、まあるく包んであげるそんなイメージをしっかり持ってあげると、赤ちゃんが楽ちんで心地いいのです。

 

皮膚は 「第三の脳」

皮膚は「第三の脳」ともいわれています。赤ちゃんのお世話するとき、抱っこするとき、めんどくさいな~と思ってするのと、温かく包み込むような気持で抱っこするのとでは、触れられた時の安心感が全然違います。これは、パートナーと、背中に手を当てっこしてみたらわかります。お互い、首根っこや、肩甲骨に、「めんどくさいな~」って思って手を当てるのと、パートナーのことを「大好き~!」って思って、ふんわり手を当てるのと。

後者の場合、じわ~っと、心地いい暖かさを感じるのです。それが、皮膚の感覚。肌で感じる感覚は、実は非常に敏感です。

赤ちゃんだけじゃなく、お年寄りになっても、この、肌の感覚はとても大切です。人は、触れてほしいのです。それも、温かい気持ちで。

人は、一日30秒のハグで、ストレスの1/3が軽減されるともいわれています。タッチセラピーというのもありますが、優しく触れることで、脳内のセロトニンが分泌され、安心感を抱きます。

泣き止まないから、仕方なく抱いてゆするのではなく、赤ちゃんが心地よくなる抱っこを心がけてみてください。赤ちゃんだけじゃなく、少し成長した、上のお子さんも、同じことです。ふんわり温かく包み込む抱っこを心がけてみると、心が安定した子になっていきます。

 

悪ガキと言われる子供たちの心の奥

数年前、子供たちの居場所を作りたいと思い立ち、庭を近所の子供たちに開放することにした矢先、乱暴で、口の悪い、全く大人の言うことを聞かない悪ガキ三人組が庭にやってくるようになりました。

その子たちとかかわる中で、悪ガキと言われるような子供達に、ある想いがあるのを感じました。彼らに必要なのは、どんな言葉なのか?どんな態度なのか?だんだんにわかってくるようになりました。

悪ガキたち

ケンカっ早くて、それまで平和に遊んでいた子ども達を押しのけ、ここは自分達の遊び場だぞ!って言わんばかりに好き勝手にする。ものは壊すし、大工道具は出しっぱなし。ケンカして馬乗りになって殴る蹴る。きっといつも怒られなれているからでしょう。怒っても、大人の言うことなんかまったく聞かず、説教も右から左へ抜け、説教が始まると思うと、さ~っと逃げ去り、ほとぼりが冷めるまで寄り付かなくなる。大人が居ないときに、勝手に火をおこしてたき火してたり、とにかくすごい子ども達でした。

でも、一方で、なんだか憎めない子どもらしさがあり、遊びを作り出すことに対しては天才的な才能を発揮するのでした。

ドジョウを大量につかまえて来て焼いて食べたり、おこずかいで野菜や魚介類を買ってきて、「鍋パーティーなるから火を起こして」と言ってきたり。その辺の木の枝と輪ゴムでモリを作って「魚取りに行ってくる!」と、駆け出して行ったり、「ペットボトルとガムテープをありったけちょうだい」というから渡すと、いかだを作り、水路に走って行ったり、大人では到底考えつかないアイディアをつぎつぎ出して、いつもびっくりするようなことをする子達。
彼らがいることで、遊びは飛躍的におもしろくなり、刺激的になるのでした。

怒りのコントロール

そんな愛すべき悪ガキ達ですが、腹が立ったり、自分の思い通りにならないと、すぐに手や足が出ます。
でも、「顔を蹴るのはやめなさい!」というと、「だって、俺のお父さんだって、おこると顔蹴るよ」って言います。怒ったときは、殴ったり蹴ったりすればいいってからだで覚えてきたんだとおもいます。怒りを表現する方法が暴力だとしか体験してなければ、当然子供もそうなります。その子が、口汚く友達をののしるなら、ほとんどの場合、家庭でも、親や兄弟に口汚くののしられています。

彼らが取っ組み合いのけんかを始めるたびに、怯える息子を安全なところに離し、殴りかかりに行こうとする子供を抱きとめ、なんでそうなったのか、話を聞きます。怒りが収まらないときには、

「頭に来たからって、殴っていいわけじゃないよ。少なくとも、うちでは誰も、怒っても殴ることはしないよ。怒って殴るのが当たり前じゃないんだよ。ほら、ちっちゃい息子も怖がってるじゃない?怒ったときは殴っていいなんて、この小さい息子に教えないでほしい。そんな時は、相手とちょっと離れていたらいいよ。気持ちが収まったら、一緒に遊べばいいじゃない。」

そう話しかけました。庭の小屋の中で、ふてくされてゲームを始めるその子も、そのうち、気持ちが収まったのか、いつの間にかまた一緒に遊びだしたりしています。

そうやって、何度も話ていくことで、怒りをコントロールする方法を、少しづつ、少しづつ身に着けていってくれた悪ガキたちは、それから二年後には、口はまだまだ悪いけれど、ほとんど殴る蹴るはしなくなりました。

乱暴物だって、本当は甘えたい

昔のお父さんはよくげんこつで殴ったりしたものです。でも、子どもを思えばこそという気持ちもよくわかったように思います。お父さんは多少威厳がある方がいいのかもしれない。でも、今の子供たちへのそれが、かっとなって振るうげんこつでないことを祈ります。ただ、彼らの話から、自分のお父さんはこんな仕事してるんだぞ、すごいんだぞ!と、父親を誇りを持っているようにも思います。
そして、そんな彼らも、お母さんのことは大好きなのがわかります。当時4歳の息子が私に甘えておんぶしてくると、
「いいな~。でも、おれ、あかちゃんいるから、甘えないんだ。お母さんにくっつくと、あっちいってって言われるし。」ってつぶやいたときがありました。
悪ぶってたって、本当は甘えたいし、自分のことを見てほしい、気にかけてほしい。きっと、これは、この子達だけじゃない。どんな子でも、特に、みんなに乱暴しちゃうような、やんちゃな子ほど、本とは心の中ではそうなんじゃないかと思うのです。

だからこそ、その子に気持ちをかけてあげられる大人が、周りにいてほしいのです。

 

 

笑顔の夫婦、笑顔の家族でいるために

久しぶりに、熱を出しました。

子どもたちが熱を出すと、お母さんは、仕事を休み、子どもの看病をします。子どもが何人かいると、次々時間差で熱を出したり、子どもたちが回復して、やっと日常に戻るかと思いきや、お母さんが最後寝込んでしまったり。お母さんが熱を出すと、ごはん支度やら、子供の世話やら、家の中のことが回らなくって大変!という経験はありませんか?熱があってつらいのに、子どもたちは元気だし、家族のご飯を作るため、台所に立たなければいけない。

そんなときでも、家族の協力、特に、旦那さんの協力はとても大きいのです。

夫の協力はとても大きい

 

私が熱を出した翌朝、主人は私を起こすことなく一人で起きて、だまって台所に立ってくれました。子どもたちのために、朝ご飯を作り、洗濯をして、子供たちを送迎して慌ただしく仕事に向かいました。

お陰で、ゆっくり起きることができて、とてもありがたくって、そんな主人に感謝した朝でした。そんな主人のFBの投稿です。

妻が熱を出した朝。
朝ご飯と子ども達の弁当を、と思い立つも、
さて、
何作ろうか?
朝ご飯と弁当3個同時進行、
(結局、子どもの弁当はなくてもいい日でした)
でも、時間は限られてる、考えてる時間はない
その間に自分の身支度もしたい、

毎日これを時間内にこなしている、
マルチタスクな妻は本当にすごい!
と改めて尊敬です。

自分はいつもの朝は、犬を散歩させて、
洗濯して、干して、
ごみの日はごみを集めてごみ出し・・・

以前、私がいないと何が困るかみたいな話を妻とした時、
「朝の犬の散歩」が最初に出てきて、
自分の存在価値はそんなものか!と悲しくなったのですが、

今日みたいなことになると、
犬の散歩でも洗濯でもなんでも、
いくらでもやってもらえるのは確かに助かるなあと思った。
でもやっぱりちょっと悲しいけど。

時には立場をかえて、色々やってみるのもいいもんです。
お互いの大切さに改めて気づくし、相手への感謝がまた増えます。

家事も育児も、
楽しいことも悲しいことも、分かち合う。

笑顔の夫婦であるために大事なことです。

お母さんが寝込んでしまったとき、旦那さんの協力があるかないかはとても大きい。例えばこれが、熱の時だけじゃなくって、妊娠中のつわりの時なんかも同じです。台所に立つのもつらいとき、力になってくれたら、どんなに助かるか。

家族みんなで乗り切ると絆もより深まる

 

家の場合、上の子供たちも中、高生と、大きくなっているので、とても力になってくれます。犬の散歩は次男が担当。洗濯物たたんだり、ちょっとしたことは6歳の末っ子が担当。主人がまだ帰ってきていないときの晩御飯は、娘が部活を休んで作ってくれました。ごはんとみそ汁、ちょっとしたおかずぐらいは、どの子も作れるように小学校時代に仕込んでいるので、こんな時は、とっても助かる子供たちの力。

そして、家族で協力してくれるからこそ、家族の絆も一層深まります。主人がだまって台所に立ってくれる姿を見ていた子供たち。あ、自分たちも手伝わなきゃ、って気持ちに自然となるようで、何も言わずに手伝ってくれる姿は見ていてうれしい。

そして、何より、母をいたわってくれてるその気持ちがうれしい。

夫婦が、家族が笑顔でいられるためには、お互いにいたわる気持ちが大事ですね。

 

ペイフォワードで今日から世界を変えてみよう!

ペイフォワードという映画はご存知ですか?

ある学校の先生が、子供達に、「もし自分の手で世界を変えたいと思ったら、何をする?」という課題を出します。11歳の少年トレバーが考えたアイディアは、奇想天外なものでした。

人に親切を受けたら、恩を返す『恩返し』(ペイバック)は、日本の昔話でもなじみのある考え方ですが、トレバーが考え出したのは、『恩送り』(ペイフォワード)という方法。一日3人の人に親切にし、その3人は、違う3人に親切にする。それを繰り返していったら・・・。果たして、ペイフォワードで世界を変えられるのでしょうか?

『1つぶのおこめ』~さんすうのむかしばなし

今朝は、小学校での朝の読み聞かせがありました。6年生に読んだのは『1つぶのおこめ』という絵本。インドの昔話です。

あらすじはこうです。

むかし、インドのある地方に、一人の王様がいました。王様は、稲が実るころになると、「いつか飢饉になったときのために、わしがしまっておいてやる」。そう言って、お米を召し上げてしまいます。ある年、飢饉が来たけれど、王様はお米を人々に分け与えるどころか、宴会をひらいて、自分が楽しむばかり。賢い村娘ラーニはある計画を立てるのです。
王が運ばせる米のかごからお米がこぼれているのを見つけたラーニは、それを拾い一度王様に返すことで、褒美として1粒のお米と、それから30日間、翌日には前の日の倍のお米をもらうこととを王に約束させます。村娘相手に威厳を保とうとする王でしたが、一日目は1粒。2日目は2粒。3日目は4粒。4日目は8粒。5日目は16粒・・・。倍々に増えていくお米。30日目には、それはそれは考えられないほどの米粒をとりもどすことに成功したラーニ。

なんと、30日目に手にしたお米は、4つの米蔵いっぱいのお米。5億36870912粒。最初の日から合わせると、10億粒ものお米を手にしたことになるのです。

 

子どもたちも、最初は算数のお話か~ぐらいな感じで聞いていましたが、倍々でお米が増え続け、米蔵2つ分になったあたりの見開きの絵を見て、「やばっ!」って、ざわめきが。そう、あるところから、ものすごい勢いで増えていくんですね。

新聞紙を27回折ったら、富士山よりも高くなる、っていう話もありますから、倍々に増えていく数の面白さは、私たちの予想を超えていきます。

世界を変えるには何日かかる?

「1つぶのおこめ」では、倍々に増えていったら30日で合計10億粒以上になりました。世界の人口73億人として、全員に1粒お米がいきわたる量になるには、実は32日で行きわたるのです。

では、冒頭のペイフォワードに戻りましょう。トレバーは、一日3人に親切にする。その3人は、別の3人に親切にします。それを繰り返していくと・・・。「1粒のお米」のように、今度は3の累乗で増えていきます。そうすると、73億人が全員親切にされるためには、何日かかると思いますか?

 

実は、たったの21日です。

 

親切にされると、うれしくなりますよね。ありがとうの気持ちが湧いてきます。自分が親切にしてもらったように、他人に親切にしていけばいいのです。それも、たった3人に。それだけで、世界中がありがとうの気持ちで埋め尽くされる。そう思うと、なんかすごいですよね?

実際に、恩を送ってくれない人がいるかもしれないけれど、計算上はそうなるんです。世界にありがとうを広げていくには、21日あればいい。2人に親切にしたって、32日。

日々、楽しいことばっかりでもないでしょう。生きている限り、辛いこともあるし、憎らしい気持ち、悲しい気持ち、嫉妬する気持ち、怒り、いろんな気持ちが沸き上がります。でも、そんな気持ちがとげとげしている時でも、ほんのちょっと、ありがとうに変えていけるとしたら、世界はより良い方向に行くのかもしれないですよね?

この映画の結末は、ちょっとショッキングな結末だけれども、そうだとしても、恩は送られ続けるのです。次の人へと。

 

息子のペイフォワードと感謝の循環

去年の夏、長男が自転車旅行に出かけました。大阪から宮崎まで。その旅の途中でたくさんの親切を受けてきた長男。

ツイッターのフォロワーさんの家に泊めてもらったり、ドイツエコツアーでつながった友達の勧める宿を紹介してもらったりしていたようです。

息子のFBの投稿には、こんな記事が。

『電車で輪行してる時に向かいの席に同じく輪行してる40代くらいの男の人がいて気になってたんですが、その人も僕の行き先と一緒だったらしくフェリーターミナルでもまた会ったんです。それで自分から話しかけたら仲良くなって飯行こうと言われ、なんと腹一杯奢ってくれました!!
その人は、自分も若い頃は旅しながら散々いろんな人に奢ってもらったから、今度は自分がお返ししなきゃって言ってました。
僕もそういう大人になりたいです。』

 

その投稿に、旦那と私がコメントして、息子が返信します。

父『よかったね。大切なこと教えていただいて、ありがたい。』

息子『お父さんも同じようなこと言ってたよね。旅人っていいね。』

母『うんうん。そうやって感謝は巡るね。』

息子『俺も大人になったら巡らせたい』

そして、こんなことも。

『昨日の夜からずっと携帯の電源が切れて、今日は地図も何も無い状態での出発でした。熊本市内から、通行人や郵便局や村役場などで道を尋ねながら100km以上離れた街灯もほとんどない山奥の民宿になんとかたどり着いて寝床を確保しました…。

途中何度も何度も道を間違えてぐるっと一周したり同じ道を引き返したり大変でした…。

五木村に着いて安心したのも束の間、近くにいた人に携帯をお借りして2日前に予約した民宿に電話するも、予約は入ってないと言われて頭真っ白になりました。
けど幸い宿泊者がいなかったので急遽泊めてもらえる事に。
しかし役場の人に場所を聞いてみると五木村役場から民宿までかなり離れているらしく、辺りは真っ暗で車も歩行者もゼロ。
頂いた簡素な観光マップを頼りに真っ暗土砂降りの中走る事30分。
民宿の近くに着くと、暗闇の道端で傘をさして立っているおばあさんが。
そのおばあさんが民宿の管理人で、なんとさっきの役場から電話が来てずっと外で待っていてくれてたそう。
もう安堵と感謝と申し訳無さで泣きそうになりました。
本来その民宿は自炊なんですが、お腹も空いてるでしょうと言ってカレーを作ってくれました。感謝してもしきれません。

スマホが無いだけでこんなにも大変なのかと思うとスマホに頼りっきりな自分が恥ずかしくなりました。けどそのお陰で人の優しさに触れられました。
辛かったけど良い体験になりました。』

たくさんの人に助けられ、親切にしてもらったことで、自分も、今度は逆の立場になったとき、旅人に親切にしてあげたい。自然にそう思えたようです。

恩を送る。ペイフォワード。直訳すると、「次の人のために支払う」というのだけれど、実際に、そういうやり方のお店をやってるところもあります。アメリカにあるカルマキッチンというお店。

・あなたの飲食代はすでに清算済み
お店に入ると、「今日のお食事は、以前カルマキッチンに来た方からのギフトです」と言われるのです。つまり、飲食代はすでに前のお客さんによって清算済み

・次のお客さんの飲食代を払ってあげても、お花を贈ってあげても何してもいい
前のお客さんからの親切を受けたお客さんは、次のお客さんの分の支払いすることでペイ・フォワードをしても良いし、まったく別の形でペイ・フォワードをしても良いのです。多くの人は次のお客さんの分を支払いますが、過去には歌手の方がカルマキッチンの他のお客様に歌を披露することでペイ・フォワードをしたり、家に帰ってから奥さんに花を贈ることでペイ・フォワードをしたりする人もいたんだとか。

実際体験した人は、「カルマキッチン帰りだと、電車の中ではもう積極的に席を譲りたくなっちゃうし、困っている人がいたら助けたくなっちゃうんです。優しくされたのに、それを忘れて電車で『私が席に座るのよー!!』というワガママむき出しな行動はとりにくいのが普通の感覚ですよね。」と感想を述べています。

 

感謝の循環は、確かにありそうです。

まとめ

ぜひ、皆さんも、ペイフォワードを初めて見てください。今日より明日、より優しい社会になるように。まずは、お子さんに、「1つぶのおこめ」を読み聞かせ、ペイフォワードの話をしてみてもいい。もしかしたら、それがいつか何倍にもなっていくかもしれませんよ。誰かに親切にしてあげてもいい。誰かを笑わせてあげるだけでもいい。

子どもたちが、誰しも笑顔でいられる世界を作りたい。だから、今日も、読み聞かせの後に、ペイフォワードの話をしてきました。みんなにも世界を変える力はあるんだよと。

失敗から学ぶ~失敗談を子どもに語ろう

椋鳩十さんが編集した、「いたずらわんぱくものがたり」という本があります。
23人の児童文学関係者の子ども時代のお話を集めたもの。
みんな、子供時代は、いたずらしたり、バカなことしながら大きくなっていくものです。子どもは、失敗から多くのことを学びます。皆さんにも、子供時代のちいさないたずらから、大事に至ったいたずらまで、大なり小なり、経験があるのではないでしょうか?

大人が失敗談を子どもに話すことで、子どもは、失敗してもいいんだと、安心します。そして、お父さんやお母さんもいろいろ失敗してきたけど、今、こんなに立派な大人になってるじゃないかと、失敗を恐れない子になります。

私のわんぱくな子供時代

私は三人兄弟の一番末っ子。四つ上の兄、二つ上の姉がいて、おじいちゃんおばあちゃんと同居。小さいころ、うちは鍛冶屋で、裏の工場ではいつもガッシャン、ガッシャンと、機械の音が響いていました。両親は、毎日仕事で忙しく、私はおじいちゃんっ子でした。

頭は良かった父、でも、鍛冶屋を継ぐため進学できなかったことを悔やみ、せめて子ども達は大学を出してやりたい、自営業の大変さをいやというほど知っているので、私たち子どもが公務員になることを強く望んでいた父でした。
子ども時代、習字や英語、そろばんに通わせられていました。でも、おてんばでやんちゃな私は、「行ってきま~す!」と言ってうちを飛び出しては、近くの川原で遊んで、時間になると帰り、前回書いて花丸もらってた習字を見せては、「今日も花丸もらったよー!」と、うそをついていた子供時代。
そろばんは、暗算がどうしても苦手で、頭の中にそろばんを思い浮かべることが出来なくて、頭の中で筆算するので、ちっとも上達しない。いやでいやで仕方なく、こちらもサボってばかりでした。
おじいちゃんがかわいがって飼っていた文鳥を、手乗りにして遊んでて、ふと、テレビの下のガラス戸の中に閉じ込めてみたくなり、片方を開けて、出てきそうになると、ガラス戸を閉め、反対側を開ける。そんなことを繰り返しているうち、あ、こっちから出ちゃう!と、慌ててガラス戸をバン!って閉めると、文鳥の頭が挟まり、死んでしまっいました。どうしよう・・・と思ったけど、知らないふりして鳥かごに戻し、後になって母が死んだ文鳥を発見し、「あれ!鳥っこ死んでら!」という声に、そうなの?と、何食わぬ顔で答えてみたものの、後味の悪さが胸に今でも残っています。

理科のテストで、昆虫の体のつくりで、「あたま」と「はら」しか、どうしても思い浮かばず、隣の男の子のをカンニングしました。彼の答案用紙には、なんと、「あたま、はら、けつ」と書いてありました(笑)。

でも、その時は、そうか!と思って、「あたま、はら、けつ」と書いたのは、言うまでもありません。その後、間違いに気づき、二度とカンニングはしないぞと誓ったものでした。

小学校時代は気が強く、男の子をいじめるような子どもでした。同級生の気の弱い女の子をふざけて叩いて、その子のおじいちゃんがうちに怒鳴り込んでくることもありました。ああ、あの子は、おじいちゃんにすごく大切にされてる子なんだ、ってその時感じました。

あの時、おばあちゃんが、私を叱るでもなく、ただただすみませんでしたと、小さくなって謝っていたのが記憶に深く残っています。

私もまた、おじいちゃん、おばあちゃんに大事にされていたんだと、感じた出来事でした。

小五の頃、鍛冶屋の仕事をたたんだ父は、千葉に出稼ぎに行きます。一年後、母と私と姉も、千葉に行くことになりました。転校した私は、すっかり人見知りで、おとなしい子に変身してしまいました。千葉の小学校では、ピアノなんてできないのに、出来るとうそをついて、なぜか上手な子と二人でエレクトーンをやる羽目になり、出来ないのにどうしようと、エレクトーンの音を最小にして、ばれないようにやり過ごしたり、

水泳の選手に選ばれたのはいいけど、息継ぎが苦手で、長く泳ぐのに自信がなかった私は、夏休み中の水泳大会の時、おじいちゃんが危篤だから弘前に行かなきゃいけないと先生に大ウソをつき、夏休み中、ドキドキしながらうちで、息をひそめていたこともありました。

こうやって、振り返ってみると、大嘘つきのいじめっ子だった子供時代でした。

自分も失敗したからこそ、子供に言えることもある

思い返してみると、ドキドキした記憶は残ってるものだな~って思います。うそも、ばれるんじゃないかと、かなりドキドキしました。

そんな私も、親になった今、子どもがウソついたといっては怒ったり、分からないことがあるなら、恥ずかしいことじゃないから、分からないと言って聞きなさいって言ってるいるんだから、変なものですよね。

子供も親も、不完全で当たり前。自分だって、すっごい嘘つきだった。でも、ウソつくと、大人になった今でも、後味が悪いんだよって、教えてあげることはできる。

あのとき、知ったかぶりしないで、わかりません、できませんって言ってれば、うその上塗りして苦しまなくて済んだんだよって、教えてあげることはできる。

バカなことやってた子ども時代があるから、お母さんも、子どもの頃は、こんなバカなことしてたんだよって言ってあげられる。ああ、この子も、自分の子供時代と同じだなって、思って温かい目で見てあげられる。

完璧じゃなくていい。いい子じゃなくていい。ウソついてもいい。知ったかぶりして失敗してもいい。

失敗したから、今に活きている。子ども時代は、いっぱい失敗させていい。いっぱいバカやっていい。そう思っています。

そんな子ども時代が愛おしくなるくらいに。

自分の失敗談や、わんぱくな子供時代を語ろう

今の子供たちは、失敗を恐れ、人と違うことを恐れる傾向にあります。そもそも、学校教育がみんなと同じでなければならない、正しい答えを求める、そんな傾向にあるからです。みんなと違うことをすれば怒られるし、間違うと笑われる。

私も、子どもの頃は知らないと言えない子だったので、授業中「この問題わかる人?」と言われて手を挙げられないでいました。手を挙げたとしても、当てないで頂戴ねと言わんばかりに小さく手を上げ、当てられたら、もう、赤面してしどろもどろになっていました。間違うのが怖かった。

でも、今ならわかる。間違うことは悪いことじゃない。間違うから、次、どうしたらいいかを考えられる。どんどん失敗して、どんどん間違う経験が、子供時代に必要なんだと。

そのためには、親は、自分の失敗談を子どもに語ってほしい。いたずらして怒られたけど、楽しかった子供時代を語ってほしい。

そうすることで、子供たちは、安心して間違うことができるのだと思うのです。間違っても、失敗しても、むしろ、失敗したからこそ、今のお父さんやお母さんのようなステキな大人になれるんだと、その姿を示してあげられるから。

どうぞ、今夜、皆さんも笑いながら子供たちと、昔の失敗談を語ってくださいね。

おうちプレーパークにしよう!~子どもの遊び場がない!そんなときには

 

  【子どもが遊べるのは、今しかない!】
おうちが子どものたまり場になったとき、あなたならどうしますか?
集まっても、ゲームばっかりやってほしくない!

外で遊びなさいと言いたいけれど、外でボール遊びはできないし、おうちの前はすぐ道路。車がびゅんびゅん行きかう通りは危ないし。

そうだ!おうちがプレーパークみたいになっちゃえばいいんだ!
ってことで、今日は、おうちプレーパークの作り方~初級編です。

おうちがプレーパークになるために必要なものは?

プレーパークは、本来、火、土、水、木といった、自然を体感しながら、子ども達の”やってみたい”を応援する遊び場。普通の遊び場とは違い、冒険遊び場という言い方もあります。

でも、そんな、自由に遊べる場所が近くにないし、わざわざ連れて行かなきゃならない離れたところでしかやっていない。泥んこや火を使うようなこともさせてみたいけど、うちじゃあちょっとな・・・。そんな状況にある方は多いと思います。

そもそも、プレーパークって言ったって、庭ないし、アパートだし・・・
でも大丈夫。

おうちで、プレーパーク的なことはできるんです。

ただし、散らかるのは覚悟してくださいね。そんなに散らかして!って思う言葉をぐっとこらえて、こどものやりたいようにさせてみたら、子供たちの創造力はどんどん膨らんでいきます。

まずは、初級編。

用意するものは、

割りばし、輪ゴム、段ボール、はさみ、ガムテープ、セロハンテープ、裏紙、水性マジック、新聞紙など。ようは、工作できる環境をととのえてあげること。100均で十分です。

①新聞紙をびりびりしたり丸めて投げたり

新聞紙は最高の素材です。びりびり破って新聞プールにしてみたり、首をくりぬき、服にしてみたり、新聞紙のボール投げ、新聞ボール投げで的あて、玉入れ、チャンバラの剣にもなるし、太鼓のばちにも。想像力を働かせれば、いろんな遊び方ができます。

②割りばしでゴム鉄砲作る。


誰が一番よく飛ぶゴム鉄砲作れるか、連射するゴム鉄砲作ったり、威力が強いのは誰のか?試行錯誤して、結構すごいゴム鉄砲が出来たりします。最後はもちろん輪ゴム戦争!

③段ボールで遊ぶ!


段ボールに窓をつけたり、ドアをつけたり、自由にデザインして、段ボールハウスを作ろう!ガムテープでつないで、段ボールトンネルも楽しい♪段ボールの秘密基地は、子供の定番の遊び。

段ボールで仮面ライダーのベルトを作ろう♪
段ボールロボットを作ろう♪
段ボールの可能性は無限大。散らかるのは覚悟で、自由に作らせてみよう。

④紙飛行機大会をしよう♪
誰が一番よく飛ぶ紙飛行機を作れるか、競争しよう!よく飛ぶ紙飛行機の折り方の本を図書館から借りてきてみよう。

⑤工作に飽きたら、クッキングも。


簡単にできるホットケーキやクッキーづくり。たこ焼きパーティーは、好きな具を入れて楽しめるのでお勧め♪クックパットで調べてあげれば、子どもでもできる簡単おやつもたくさんあるので、好きなようにクッキングさせてみよう。

まとめ

つまり、子どものやりたいを、応援してあげるということ。
いつもは大変だろうけど、たまには、ちょっとくらい、散らかってもいい。そんな風に、大きな心で温かく見守るときがあってもいいと思います。
子どもの創造性が伸びることを考えたら、たいしたことじゃありません。
ガムテープやセロテープは、消耗品です。もったいないけど、好きに使っていいよと、言ってあげられたらいいですね。

プレーパークの理念は、

子どもの”やりたい”を応援する遊び場。

自然が一番だけど、身近に環境がなければ、自分の家でもプレーパーク体験はさせてあげられます。
ついでにいうと、マンガ本や、本、絵本、トランプ、オセロなんかがあってもいい。
作るばかりじゃなく、

自分の世界にこもりたいときもあるものですから。

子どもがおもいっきり遊べるのは小学校まで。長いようで、意外とあっという間に大きくなっちゃいます!子どもが、友達連れて遊びに来て、「何やる~?」ってなったら、ぜひ!!
いつもじゃなくてもいい。たまには、こんなことも許してあげて欲しい。たくさんの楽しいことを経験させてあげて欲しいと思っています。この、小さなときに創造力を使って遊んだことが、後々、困難に出会ったときに解決する能力だったり、失敗を恐れず試行錯誤する力だったり、新しいアイディアを生み出す力の源になります。

秘密基地のある家に憧れて~ツリーハウスやいろいろな秘密基地

「秘密基地」という言葉に、なぜかドキドキしませんか?

皆さんも子供のころ、空き地に秘密基地を作ったり、押入れを秘密基地にしたりして遊びませんでしたか?ちょっと薄暗く、狭い空間に、懐中電灯片手に友達と肩を寄せ合い漫画を見たり。庭にツリーハウスがあったらな~・・・。そんな風に思ったことのある人も多いのでは?

『秘密』ってだけでちょっぴりドキドキする、そんな秘密基地について書いてみます。

秘密基地の出てくる物語


秘密基地が出てくる物語は多いですよね。
映画「スタンド・バイ・ミー」では、ツリーハウスのような小屋に集まった少年たちが、ちょっぴり悪いことしてみたり、トランプに興じるシーンが出てきます。
テレビドラマで、アニメを実写番にした「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」も、秘密基地が舞台でしたし、漫画から、映画化された「20世紀少年」も、秘密基地が始まりでした。
「僕らの7日間戦争」や、「トムソーヤの冒険」、「ナルニア国物語」のタンスの中や、「ネバーエンディングストーリー」の学校の屋根裏なんかも、異次元空間につながる秘密基地。

ディズニーランドにも「ロビンソンクルーソー」の秘密基地がありますね。

秘密基地には、何か、そこから物語が始まるようなワクワク感があるものです。

 

いろいろな秘密基地

子供の頃、大人に隠れて友達と過ごした時間。押し入れの中だったり、川原の土手下のトンネルの中だったり、原っぱの片隅だったり。漫画本やお菓子やジュースを持ち込んで、何を話していたかも忘れてしまったけど、

隠れて、という行為に、なんだかドキドキした子供時代。

木の枝を集めて作る秘密基地。

森の中だと、こんな大きい基地も作れます。

女の子が作れば、お花を飾ったり、ちょっと乙女チックに。

庭の一角に、布や敷物を持ち込んでみたり。

廃材で作ってみたり

段ボールがあれば、簡単に秘密基地が作れちゃう。

田んぼの稲わらだって、子供たちにとっては秘密基地。

植え込みの中に秘密基地作ったり

空き地で草を束ねて秘密基地。

ツリーデッキも、自分たちで作れば、立派な自分たちの秘密基地。ここは俺たちの秘密基地だ!って、子供時代の忘れがたいワンシーン。

 

みんなで、別な秘密基地、探しに行こうぜ!って、いい場所探し歩いてみたり。

大人も一緒に作れば、こんな秘密基地だらけの遊び場に。

我が家のプレーハウスは、けいどろの牢屋にもなり、戦いの要塞にもなり、女の子のかわいらしいおうちにもなり、金魚を置いて魚屋にもなったりします。使う子供たちの遊びに合わせて、いかようにも形を変えるプレイハウス。

雪の中だって穴を掘ったら立派な秘密基地。

穴といえば、土を掘って秘密基地を作ろうと頑張ってみたり。

家の中では何といってもやっぱり段ボール。

椅子やテーブルの下も、秘密基地に。

押入れの中も秘密基地の定番。

 

秘密基地を作りたくなる本

家の中でも、押入れに秘密基地作ったり、こたつの中だったり、テーブルの下だったり、皆さんもいろんな秘密基地を作ったことがあると思います。

そんなインスピレーションくすぐられる絵本がこちら。

「わたしのおうち」

「おおきなきがほしい」

「わんぱくだんのひみつきち」

「アンドールのひみつきち」

「クリスティーナとおおきなはこ」

「いえでをしたくなったので」

「あなただけのちいさないえ」

子供の読み物では、

上に紹介した、

「ナルニア国物語」

「僕らの7日間戦争」のほか、

「一五少年漂流記」

「モグラ原っぱのなかまたち」

「13階だてのツリーハウス」

大人の読み物としては、

「大人が作る秘密基地」

「秘密基地のつくり方」

「ファンタジーを遊ぼう3 秘密基地のつくり方」

など、わくわくする本がたくさんあります。

ぜひ、子供時代を思い出して、

これらの本を自分の子供にも読んでみてください。

そして、ぜひ、秘密基地を作ることを許してあげてくださいね。